20世紀前半に行われた英国やノルウェーをはじめとする各国の大規模な商業捕鯨により南半球の大型鯨類の個体数は激減しました。 その結果、餌生物であるナンキョクオキアミに余剰が発生し、商業捕鯨の対象外であったクロミンククジラがそれを利用する状況が生まれたことで、本種の急激な個体数増加と性成熟年齢の低下など生態変化を引き起こしたことが、日本がこれまで継続してきた鯨類調査(JARPA、JARPAII、NEWREP-A)により明らかにされています。 これら調査では、一貫した手法の下、継続的に目視調査を行い、1990年代後半以降、クロミンククジラと餌生物の競合関係にあるザトウクジラやナガスクジラが急激に資源を回復させ、クロミンククジラの栄養状態が悪化していることを示唆する結果も得られています。 また、大型鯨類の増加の影響により、クロミンククジラの生息域はさらに南側の海氷内へ移行している傾向も確認されており、鯨類を中心とする南極海の生態系は、21世紀に入ってからも著しく変化していることが明らかになっています。
南極海鯨類資源調査(JASS-A: Japanese Abundance and Stock-structure Surveys in the Antarctic)は、日本がこれまで南極海で過去に行ってきた鯨類の非致死的調査を継承するもので、調査計画を日本国政府が策定し、日本政府の承認を得て、当研究所が南極海で計画・実施する科学調査プログラムです。 主な調査目的は、(1) 南極海における大型鯨類の資源量及びそのトレンドの研究、(2) 南極海における大型鯨類の分布、回遊ならびに系群構造の研究です。 その他にも海洋物理学、海洋ごみ、鯨類生態に関する研究も行われています。 調査は、IWC科学委員会で用いられている手法による体系的な目視調査を基盤としており、IWCの南極海管理海区であるIII、IV、V、VI区の南緯60度以南(南極海の2/3の範囲)において、1隻または2隻の専門船を用い、南半球の夏季に実施されています。 このJASS-Aプログラムは、2019/20シーズンから開始され、計8シーズン(2019/20〜2026/27年)で計画されており、海外研究者も乗船して調査に貢献しています。
本ワークショップは、2025年10月20日から22日にかけて東京で開催されました。 目的は、i) JASS-Aの主目的および副目的に関連して、これまで(2019/20〜2024/25)に実施された研究結果を評価すること、ii) プログラムの最終的なレビュー(2026/27年度の最終調査後)までにJASS-Aの主目的および副目的を達成することを目指し、今後のフィールドワークおよび分析研究に関する提言を議論することでした。 会合には、鯨類研究の第一人者である5名の招待科学者(ノルウェー2名、イギリス、ドイツ、南アフリカ)と日本側の科学者24名が参加し、これまでのJASS-Aから得られた合計28の研究論文について議論されました。
鯨類捕獲調査以降(2020年以降)クロミンククジラの個体数が減少傾向を示す一方で、ナガスクジラ・ザトウクジラの個体数は海域差があるものの、引き続き明確な増加傾向が確認され、シロナガスクジラの個体数も緩やかな回復が認められました。 南極海でのザトウクジラの分布域はさらに拡大して、クロミンククジラの分布域が南方の南極大陸付近にまで押しやられその周辺で高密度を形成する傾向が確認されています。 遺伝的な研究では、クロミンククジラについて過去と同様に調査海域の東西で遺伝的に異なるグループが確認され、ナガスクジラとシロナガスクジラは、南極海全域で単一のグループであることが示唆されるなど新たな結果を得ました。 また、南極海で複数の個体群が存在するザトウクジラについては特定の遺伝的なグループが従来よりも東西へ分布を拡大していることが示唆されました。 さらに、これまで未知であったクロミンククジラの北上回遊ルートについて、鯨体に装着した衛星発信機のデータから、繁殖海域の特定につながる重要なデータが得られています。 JASS-Aの研究から南極海生態系は依然として変化しつづけており、鯨類資源を適切に管理するためには、資源状態の把握とこれらの変化を適切にモニターすることが重要であると示唆されました。
今回のワークショップでは、JASS-A調査は、南極海の鯨類を中心とした生態系の状況を継続的にモニタリングする上で貴重な調査であり、それらの研究はとても重要であるとして、全招待海外科学者から非常に高い評価を受けました。 そして、南極海の包括的な鯨類資源管理を行うために、現在、調査対象外の海域(南極海の1/3の海域)ついても調査が必要なこと、8年間で計画している調査期間完了後も、引き続き南極海の鯨類モニタリングを実施することが強く推奨されました。
・10月20日〜22日に、南極海鯨類資源調査(JASS-A)の研究進捗を評価するために海外科学者を招いて、中間レビューワークショップを開催しました。
・海外科学者からのレビューの結果、JASS-Aの研究は、高く評価されました。
・今後についても、南極海でのモニタリングを継続するべく、調査の継続と調査海域拡大が強く推奨されました。
JASS-A 中間レビューワークショップの様子(東京・日本)