政治的団体が自らの主義主張を達成するために暴力的手段を用いることをテロリズムと称する。長じて環境問題や動物の権利を理由にこの種の活動を行うことをエコテロリズム、もしくは環境テロリズムと呼ぶ。 エコテロリズムの語源は新しく、インターネット百科事典のウイキペディアによれば、ラムサール条約で有名になったワイズユース (「環境の賢明な利用」と訳される)運動の父と言われるロン・アーノルドが使い始めたらしいとのことだが、作家の CWニコルが「エコ・テロリスト」という小説を1991年に出版しているので、案外こちらの方が早いかもしれない (小説そのものは1975年に執筆されたという) 。
米国FBIのリストにも載る有名なエコテロリスト団体としては、実験動物施設や毛皮専門店などを襲撃する動物解放戦線(ALF)や地球解放戦線(ELF)等が知られるが、水産資源の持続的活用を目指して鯨の調査を行っている我々にとっては、捕鯨あるいは鯨の捕殺に反対するがために、合法的な科学調査ですら暴力で妨害する動物愛諸団体や環境保護団体が、まさにエコテロリストに他ならない。 オランダに本拠地を置くグリーンピース及び米国のシーシェパード・コンサベーションソサイアティ (以下シーシェパード)は、過激さの程度に差はあれ、暴力的手段により調査船団の船舶と乗組員の命を危険にさらしている点で変わるところはない。
本文は、シーシェパード及びグリーンピースという 2団体によって南極海で繰り返し行われる暴力的な妨害行動の実態と、それに伴い彼らが撒き散らす数々の「嘘」、そして環境保護を看板にしている彼らの行動が南極海に与えている悪しき面について報告するものである。 筆者は (財)日本鯨類研究所が1987/88年より毎年実施している南極海鯨頬捕獲調査にこれまで12回参加し、このうち4回で調査団長として船団の指揮を執った。 本報告で述べている内容のほとんどが、自分自身の経験及び当事者に直接確認した事実関係に基づいている事をあらかじめお断りしておく。
シーシェパードの調査船団襲撃
シーシェパードは、グリーンピースの創設メンバーの一人、ポール・ワトソンが1977年に創設した団体である。 グリーンピースよりもさらに過激な暴力活動を行う狂信的とも言える反捕鯨団体で、過去にアイスランドやノルウェー等の捕鯨船を何隻も沈めている。 昨年度 (2005/06年)の日本の南極海鯨頬捕獲調査においては、ブリ-ンピースとともに調査船団を攻撃し、調査母船日新丸のスクリューを狙ってワイヤ を投げ込んだり、所属船の舷側に取り付けた「缶切り (カン・オープナー)」と称する鋼鉄製の刃物で補給船のタンカーの船腹を破ろうとして外板に傷をつけたりする破壊活動を行った (石川 2006)。
今年度 (2006/07年)の南極海腺類捕獲調査に対しても、シーシェパードは早い時期から妨害活動を行うことを公言しており、前年度の妨害に用いたファーレイモワット号(657トン)を12月にオーストラリアから出港させた他、新たに購入したロバートハンター号(1017トン)を1月にチリから出港させ、南極海で調査船団の探索を行った。 シーシェパードは、調査船団の位置情報に25000ドルの賞金をかけるなどして南極海で調査船団の探索を行い、2月9日には調査母船日新丸 (8030トン)、2月12日には目視専門船海幸丸 (860トン)を襲撃した。
日新丸への攻撃
シーシェパードによる 2月9日の襲撃は05:20(現地時間)頃から始まり、まず速力の勝るロバートハンター号が日新丸の左舷数メートルまで異常接近し、酪酸と思われる悪臭を放つ薬品の入ったガラス瓶の投擲(写真1)、発煙弾の投擲、日新丸のスクリューへの絡まりを狙ったロ-プや廃網の曳航と投下 (写真2)等を行った他、救命索の発射銃を日新丸めがけて撃ち込んだ (写真3)。 06:00頃にはファーレイモワット号も現れ、同号から発進した大型ゴムボート2隻も、ロバートハンター号と同様にロープや廃網を日新丸のスクリューを狙って繰り返し投下した。 一連の攻撃で、日新丸では甲板部乗組員2名が、投げ込まれた薬品を浴び左目と顔面に化学熱傷を負った。
日新九は、08:00頃には船速の遅いファーレイモワット号を引き離すことが出来たが、ロバートハンター号とボートは日新丸に対して執拗に攻撃を続けた。 しかしながら、同船は11:30頃突然反転して日新丸から離れ、その後まもなく日新丸に対し「メーデーメーデー (国際救難信号)、乗組員が海中転落した。 救助を要請する。」旨連絡してきた。 調査団は、暴力行為を受けた相手ではあったが、人道的観点及びシーマンシップに則り、遭難者の捜索への協力を開始した。 その後15:00に、ファーレイモワット号が遭難者を発見し、日新丸に対し「救助活軌に感謝する」旨連絡してきたが、信じがたい事にこの連絡後に再び攻撃を宣言し、ロバートハンター号とともに日新丸に接近してきた。 幸いな事に海況が悪化したため、日新丸は両船の追跡を振り切って難を逃れた。
写真1.
甲板に投げ込まれた酪酸と思われる悪臭を放つ薬品の入ったガラス瓶。ラベルにDANGER (危険)、TOXIC(毒物)などの文字が見える。
写真2.
日新丸のスクリューを狙いロープと網を曳航しながら日新丸の舳先を回り込むロバートハンター号。
写真3.
ロバートハンター号は日新丸の左舷数mに近づき、薬品や発煙弾を投げ込むと共に、救命索発射銃を撃ち込んだ(写真左下の発射煙)。
海幸丸への攻撃
海幸丸は目視専門船として船団とは離れた場所で調査中であったが、2月12日11:45(現地時間)に同船に接近して来る不審な船を発見した。 不審船がロバートハンター号と判明したため、海幸丸は調査を中断して避航に入ったが、速力に勝るロバートハンター号は降下させた大型ボートとともに海幸丸を追撃し、ボートから海幸丸のスクリューを狙って網とロープを執拗に投下した (写真4)。 このうちの少なくとも1本はスクリューに絡み、海幸丸は一時航行が困難となった。 このため14:37に海幸丸は、衛星通信で海賊に攻撃された際の救難信号 (PIRACY ATTACK)を発信した。 しかしロバートハンター号は無抵抗で避航する海幸丸に左舷から異常接近し、発煙弾を多数甲板に投げ込みながら激しく体当たりして、海幸丸の船体を大きく損傷させた(写真5,6)。 さらに遅れて来たファーレイモワット号も加わり、左舷側からファーレイモワット号、右舷側からロバートハンター号が挟み込む形で海幸丸を強制的に停船させた (写真7)。 海幸丸が停船中も、ロバートハンター号は発煙弾を投げ込み続け、船尾にも体当たりを行った。 執拗な攻撃は17:00頃まで続いたが、本海域の救難活動を担当しているニュージーランド当局(RCCNZ)がシーシェパード側に連絡を取った後に、ようやく攻撃は中断された。 その後すでに燃料が乏しかったシーシェパードの2隻は海幸丸から離れ、南極海からメルボルンに向かった。
写真4.
ボートからロープや廃網を流すシーシェパード。南極海上でその多くは投棄されたままだ。
写真5.
ロバートハンター号(右)から海幸丸に投げ込まれた発煙弾。
写真6.
海幸丸左舷に突っ込んでくるロバートハンター号。直後に衝突した。
写真7.
左舷からファーリーモワット号、右舷から前方に回り込んだロバートハンター号に挟まれて海幸丸は強制的に停船させられた。
グリーンピースは何をしたか
グリーンピースは前年の2005/06年には南極海にエスペランサ号とアークテイクサンライズ号の2隻を繰り出し、調査船団に対して大型ボートやヘリコプターによる激しい妨害活動を展開したあげくに、アークテイクサンライズ号を日新丸に衝突させた (石川 2006)。 しかし2006/07年の調査では、1月下旬にエスペランサ号がニュージーランドを出港して南極海に向かったものの、結果から言うと妨害活動をしなかった、と言うより出来なかった。 なぜならば彼らが調査船団を発見する前に日新丸が2月15日に不幸な火災事故を起こし、調査が中断してしまったからである。
攻撃対象を失ったグリーンピースは、急遽捕鯨問題を南極の環境問題にすり替えた。 火災を起こした日新丸から大量の油が流出し、南極生態系に大災害を起こす危険があると宣伝し、環境を守るために直ちにエスペランサ号が日新丸を曳航して行く必要があると主張したのだ。 火災発生により調査船団の位置をつかんだエスペランサ号は、ただちに現場に急行し、「救助」と「曳航」を申し出た。
洋上での両者のやりとりは比較的紳士的に行われたが、これには説明が必要であろう。 そもそも調査船団は、前年に彼らから受けた暴力的な妨害もさることながら、1998年にも日新丸が火災を起こして船団がニューカレドニアに緊急入港した際に、グリーンピース活動家達によりスクリューに鎖を巻かれるなどの非常識な妨害活動を受けている。 今回の「救助申し出」も額面通りに受け止めるには不信感が拭いきれなかったのは事実である。 しかしいかに相手がグリーンピースとは言え、火災発生時に日新丸が発した救難信号に応じた「救助申し出」をむげに断るわけにはいかない。 日新丸側はエスペランサ号に、(1) 火災損傷の区域は限られており、環境汚染の心配はない、(2) 自力修復できる可能性が高い、(3) 曳航するにしても船団の僚船及び補給用のタンカーがいるので問題ない、として曳航については辞退し、復旧活動の妨げにならぬよう自船に近づかないことを求めた上で、周囲の氷線情報の収集などを依頼した。
エスペランサ号は約束を守るかに見えたが、復旧作業の真最中に通告なしにヘリコプターと船を接近させ、「ENOUGH IS ENOUGH」 (もうたくさんだ)と書かれた横断幕を広げて宣伝用の撮影を行い、事故で仲間を失った日新丸乗組員の神経を逆撫でした。 日新丸は火災発生から10日後に自力航行が可能となり、船団僚船とともに帰路についたが、シーシェパードの襲撃に続く火災事故の復旧に疲れ果てた調査船乗組員達こそ、グリーンピースに言いたかったはずだ。「もうたくさんだ」と。
暴力を擁護する人
シーシェパードの行為は妨害などと言うより襲撃と言うにふさわしい。 彼らはグリーンピースが妨害対象としない目視専門船 (すなわち非致死的調査を行う船)もお構いなしに攻撃し、しかも発煙弾や薬品などの「武器」を平気で使用する。 自分より小さな船に対して最初から体当たりを仕掛け、船舶の安全や人命などお構いなしである。
しかし驚くべきはシーシェパードの非常識な暴力行為だけではない。 真に恐るべきことは、彼らを擁護し、支持する国や人々が多数存在することである。 オーストラリアの港湾都市フリーマントルは、2006年7月にシーシェパードのファーレイモワット号を母港として喜んで迎え入れた。 シーシェパードは同国内で調査船団襲撃のための募金活動を開始し、彼らのために国内有数のビール会社を始めとして多数のスボンサーがついた。 オーストラリアは以前から、グリーンピースは無論のこと、シーシェパードとも親密な国である。 同国の環境大臣は、何かにつけ日本の南極海鯨頬捕獲調査を公然と非難するだけではなく、シーシェパード代表のポール・ワトソンに激励の電話をかけ、緊急時に自国の南極基地を使わせる旨の発言すらしている。 しかしファーレイモワット号は2006年12月の出港直後にべリーズの船籍を取り消され、調査船団を襲撃した時点で、船籍の無い「無国籍船」であった。 すなわちいかなる国の官警でもこの船を臨検し、海賊行為があれば拿捕できる状態にあったはずだが、海事丸の襲撃後2007年2月にオーストラリアに戻った同号は、何ら答め立ても受けずにメルポルン港に堂々と入港している。 ちなみに僚船のロバートハンター号もまたメルボルン入港直前に英国籍を抹消されたが、こちらも摘発された様子は全くない。
オーストラリア同様に強烈な反捕鯨国であるニュージーランドもまた、官民挙げてグリーンピースやシーシェパードを擁護する国で、調査船団妨害のためにやって来たグリーンピースのエスペランサ号がオークランド港に寄港した際には、環境大臣がわざわざ激励に出かける歓迎ぶりである。 新聞報道によれば、シーシェパードに襲撃された海幸丸が救難信号を発した後、同環境大臣がファーレイモワット号に直接電話をかけて以後の妨害停止を約束させたという。 一見理性ある行動ともとれるが、同海域の救助活動を管轄するRCCNZや海軍が出動してシーシェパードを逮捕する代わりに、大臣自ら彼らに電話をかけるという親密ぶりの方が、被害を受けた我々にしてみれば疑わしい事おびただしい。 ただ、ニュージーランドはグリーンピースに対するほどにはシーシェパードを応援する気はないらしく、同国空軍機が 2007年1月に捕獲調査船団を発見した際には、その映像をメディアに公表したものの、船団を探し回っていたシーシェパードに対して位置情報の提供を拒否したとされる。
オーストラリアもニュージーランドも、日本とは観光や貿易、文化交流等において緊密な関係がある。 しかし両国の妨害団体への親密な態度や、日本の鯨類捕獲調査に対する一方的な批判と侮辱を見聞するたびに、筆者はそのギャップに暗澹たる気分になる。 国家間にどんなに親密な関係があっても、「譲れないところは譲れない」という態度は確かに外交として正しいだろう。 しかし、ある国の政策がたまたま捕鯨反対の立場であるがために、反捕鯨団体による明らかな犯罪、明らかな暴力を擁護する理由にならないのは、法治国家として最低の約束事であろう。
また外交という点から見れば、筆者はこれらの国々の政治家達の無分別な発言や行動に対し、我が国がほとんどメッセージを発信していない点が残念でならない。 外務省は妨害団体の度重なる無法行為を放置する国に対し、在外公館を通じて時々に抗議を行ってくれているようだが、当事者たる我々には残念ながら効果は今一つ見えない。 ましてや日本国民は、南極海でどれほどの暴力が撒き散らされているかについてはおろか、妨害団体が言っていることと、我々が言っていることとのどちらが正しいかすら、ほとんど知る機会がないのが現実である。 この2年にわたるグリーンピースやシーシェパードの危険な行動に関しては、何人かの国会議員の方が強い憤りを表明し、調査船団の安全確保の必要性を指摘してくれた。 しかし日本の政治家の方々には、それだけではなく、あたかも我々が違法行為を行っているかのような態度を隠さない他国の・政治家達に対し、公の場でもっとはっきりと物申していただきたいと切に願う。 度重なる暴力的な妨害の中、船上の我々の耳に入るのは環境テロリスト達を擁護する外国政治家の報道ばかりである。 事実上孤立無援の南極海で、調査船団の乗組員達が、日本政府の毅然とした態度をどれほど待ち望んでいるかを知っていただきたいと思うのである。
近年ではインターネットの普及により、南極海における妨害団体の活動は彼ら自身の手ではぽリアルタイムで世界中に配信されるようになった。 オーストラリアやニュージーランドのメディアは過熱気味とも言えるほど熱心に報道するが、日本も含め北半球の国々ではあまり記事を見ることはない。 おそらくその理由のひとつは、彼らからの発信情報に嘘が多すぎるからであると考えて間違いないだろう。
筆者は拙著「グリーンピースと動物福祉」 (石川 2006)で、グリーンピースがいかに事実を歪曲した情報発信を行うかについていくつか例証した。 その最たる例は2005/06年調査におけるアークテイクサンライズ号と日新丸の衝突事故であろう。 グリーンピースジャパン (以下GPジャパン )は、 2006年1月8日(衝突当日である)付で自身のウェブサイトに、グリーンピース側から撮られた衝突映像とともに「捕鯨母船日新丸が当て逃げ」との記事を載せた。 興味深いのは、配信されている動画に流れている音声警告を「グリーンピース船長による警告」とわざわざ説明していたことだ。 注意深く聞けばわかるはずだが、グリーンピースの映像に録音されていたのは、日新丸のスピーカーからエンドレスで流れているグリーンピースに向けた英語の警告である。 内容は「警告、警告、こちらは日新丸船長、ただちに妨害活動を止めて船から離れなさい、さもなければ放水を行います」というものだ。 同記事のこの部分は最近になって書き換えられて無くなっているが、1年以上にわたって間違った説明が放置された理由も、訂正の記載も無いところを見ると、やはり故意に事実を歪曲した記述であったのかと言わざるを得ない。 ちなみに同年6月16日に、GPジャパンはこの衝突事故に関してグリーンピース側の正当性を主張する文書を発信しているが、日新丸側が衝突時の映像を複数公開していることに関し、あたかも衝突を予期して事前にカメラマンを配置したかのような書きぶりである。 当たり前である。 我々は長年の経験から自船の近くにグリーンピースが一人でもいる限り、必ず複数のカメラを動員して記録を撮っている。 それはまさにこのような暴力的な妨害行為の発生時に、グリーンピース側が発信する操作された情報の嘘を暴くために他ならない。 この記事を書くにあたって、改めてグリーンピース側の映像を見ても、タンカーを左舷におく日新九が、右舷真横から突っ込んで来るアークテイクサンライズ号を避けられないことは明らかである。 6月16日付GPジャパンの解説によれば、「「日新丸が舷側でアークティックサンライズ号を押したことによって衝突が生じた」 (原文まま)とあるが、15年前から日新丸で調査に従事している筆者は、未だに8000tの日新丸が、タグボートよろしく真横に走る姿を見たことがない。
GPジャパンに関してはまだまだ面白い話がある。 GPジャパンは2006/07年調査で日新丸が火災事故に見舞われた際に、エスペランサ号による日新丸の曳航を環境省に申し出るとして 2月16日に記者会見を行った。 この中でGPジャパンは、「日本鯨類研究所はグリーンピースからの曳航要請に対して『テロリストからの救援は必要ない』とコメントして、グリーンピースからの援助を断っている」(原文まま)と批判した。 同日午後になって複数の新聞社から「本当か ?」との確認の電話が日鯨研にかかって来たが、当方にはなんの話かさっぱり判らない。 前述したように、かような申し出があれば断りたいのは山々だが、日新丸側から救難信号を発した以上、相手が誰であれ救助の申し出をむげに断るわけにはいかない。 そのために、日新丸も洋上では紳士的な対応に徹していたはずだ。 自分の知らぬ間に所内で誰かがグリーンピースの要請を断ったのかと事実関係を確認しているうち、夕方 (16:02)になってGPジャパンから日鯨研に1枚のFAXが届いた。 水産庁長官、日鯨研理事長、共同船舶 (日新丸の船主)社長宛で、「火災捕鯨母船の曳航の申し入れ」と書いてある。 くだんの記者会見終了から2時間は経過していただろうか。 つまりGPジャパンは日鯨研に「要請」をする以前に、すでに彼らの期待する「返答」を自前で語っていた訳だ。 このお粗末な自作自演には腹が立つ前に笑ってしまったが、記者会見での発言は未だに訂正されないままだ。 ちなみに後から調べてみると、彼らの言う「日鯨研の返答」の情報源は、本家のGPインターナショナルのウェブサイトに戟った記事であった節がある。 当のGPインターナショナルの英文記事は、しばらく後になると「日鯨研」の部分が水産庁の捕鯨班長名に書き直されていた。 しかし捕鯨班長ご本人に直接お聞きしてみたところ、やはりGPインターナショナルから水産庁宛にそのような申し出はなかったとの事である。
いずれにしても、一連のGPジャパンの嘘 (いや「間違い」と言うべきか)は、どうもGPインターナショナルの垂れ流す情報を検証もせずに鵜呑みにしている事に原因があるようにも見える。 GPジャパンには、もし彼らが日本支部として日本人に真実を訴えたいというのであれば、もう少し自分の頭でものを考え、自分の目でものを見て発言をして欲しいものだ。
グリーンピ-スと比べて、シーシェパードの嘘はもっと壮大である。 シーシェパードのウェブサイトによれば、彼らは国連世界自然憲章(UN World Charter for Nature)に基づき、環境を守る国際法(国際捕鯨取締条約、南極条約、CI TES等を挙げている)を破る日本の違法捕鯨を止めさせるのだという。 自称国連公認の環境警察とでも言いたそうで、こんな与太話を信じる馬鹿がいるものかと思っていたが、調査船団を襲撃したシーシェパードの船に髑髏の海賊旗とともに国連旗が翻っている(写真8)のを見ると、笑い事では済まされない。 しかもインターネットのブログなどを拾い読みしていると、「(シーシェパードの活動は)密漁を取り締まっているのだから許されるのではないか」などとの書き込みが見られ、日本人でも彼らの言い分を信じている人々がいるようなので、やはり間違いは訂正しておかなければならない。 彼らは国連から何らかの委託を受けたのでもなければ、ましてや法の執行機関でもない。 国際法を守る者が調査船を襲撃して体当たりをする事はあり得ない。 彼らは鯨を守るとの口実で暴力を撒き散らす私設愚連隊である。 日本が南極で行っている鯨類捕獲調査は、世界自然憲章にも南極条約にもCITESにも抵触しない。 国際海洋法条約は公海における科学調査の自由を保障しており、鯨類捕獲調査は国際捕鯨取締条約第8条に基づく正当な調査なのだ。
写真8.
ロバートハンター号のマストに翻る国連旗。舳先の海賊旗(写真6)の方が彼らの行為をまだ正直に示している。
シーシェパードは環境保護団体を名乗って、違法な漁業や海の環境汚染を許さないと叫んでいるが、その活動が環境破壊そのものである事は意外に知られていない。 調査船団襲撃時に投げ込まれた薬品や発煙弾の多くは狙いがはずれて海没したが、彼らが投げ込んだ酪酸は、WHO等による国際化学物質安全性カード(lCSC)によれば、人体への有害性の他に「この物質を環境中に放出してはならない」「水生生物に毒性がある」と明記されている。 また、彼らは船のスクリューを狙いワイヤーや漁網をさかんに投げ込んだが、その多くを回収せずに捨て去った(写真9)。 南極条約の遵守云々と言う彼らが南極海で薬品を撒き、漁網やワイヤーを捨てて環境汚染を撒き散らしているのだ。 これは南極海へのゴミ投棄を厳しく禁じた国際条約(マルポール条約)にも当然の事ながら違反している。 ましてや船を体当たりさせるような暴挙で、万が一燃油の流出や船の沈没という結果になったら、乗組員に対してだけでなく南極海にどのような災害を引き起こすかは、子供でもわかりそうなものだ。
ではグリーンピースは南極環境に十分配慮しているのか? これも甚だ怪しいものだ。 グリーンピースは大型のボートを多数繰り出して目視調査や捕獲活動を激しく妨害するが、これらのボートは活動中にしばしば浸水したり、時には転覆したりすることもある。 写真(10)は、2006年1月14日にグリーンピースのボートが採集船の捕獲活動を激しく妨害した後、海面に残った油膜である。 船外機メーカーによると、ボートのエンジンが水をかぶったり転覆したりすると、ある程度の燃料の流出は避けられないそうである。 調査妨害のために重油燃料の大型船2隻をはるばる南極海まで繰り出すだけでなく、長期間にわたり10隻近いエンジンボートを走らせて大騒ぎをしたあげくの成果は海面に残された油膜というわけだ。 また、2005/06年調査では洋上でボートからタンカーの船腹に大きな落書きをしたが、海面に垂れ落ちるペンキにはまったく無頓着なようだ。 それぞれの事例は小さな事かもしれない。 しかし南極環境保護を振りかざしながら、自らの行いに無頓着な態度は、グリーンピースもシーシェパードと変わるところがない。 過去に南極海洋上で何度も船の衝突事故を起こしている危険については言わずもがなである。
ところでグリーンピースは、日本の調査船団が洋上でタンカーから燃料補給を受けている事を「南極環境に対して極めて危険である」としばしば激しく非難している。 しかしグリーンピース自身が妨害活動の真最中に洋上補給をした事実にはあまり触れたくないようだ。 2006年1月16日付の南アフリカの小さな海事記事に、「オランジェムンド号の南極冒険」というタイトルで、南アフリカの小型タンカーがグリーンピースのアークテイクサンライズ号とエスペランサ号補給のために南緯60度を超えた (南極海に入った)との記載がある(Young 2006)。 この記事によれば、オランジェムンド号は「ユニコーン船舶社で最も古くて小さい2000tのミニタンカーで、極海を航行する設計ではない」そうで、ナミビアと南アフリカの沿岸を航海するために建造された喫水の浅いこの船にとって、暴風圏を越えて南極海を往復するのは、30年の船歴中で初めての無寄港最長航海であったと冒険譚を述べている。 いやはやグリーンピースはずいぶん危ない船を南極海に呼び寄せたものである。 なんのために? もちろん、洋上で燃料補給をする危険な日本の調査船団を妨害して南極海を守るためである。 彼らは自分達が行っている欺瞞を認めようとしない。
写真9.
シーシェパードが投棄した漁網(写真4参照)。彼らが糾弾しているはずの流し網と同様に、南極海の動物を無差別に殺す事になるかもしれない。
写真10.
これは調査船が排出した油ではない。グリーンピースのボートによる妨害活動の後に残された海面の油膜である。
グリーンピースとシーシェパードという二つの「環境保護」団体の危険な行動と、日頃の崇高な主張との間に矛盾する事例を挙げていると枚挙にいとまがない。両者に共通する点のひとつに、ここ数年の彼らの洋上における反捕鯨妨害活動が、日本の南極海における捕獲調査のみに集中している事がある。 グリーンピースは1999年にノルウェー近海で商業捕鯨妨害活動をしたが、その後はアイスランドの捕獲調査も含めて南極海以外で「直接行動」をしていない。 シーシェパードは、2007年にアイスランドの捕鯨を阻止すると大宣伝したが、実際は現場にすら行かなかった。
GPジャパンの最近の発言(読売2007/4/26)によれば、彼らは捕鯨に反対しているのではなく南極海の調査捕鯨に反対しているのだという。 南極の調査のみに反対で沿岸捕鯨であれば否定しないという方針は、筆者の知る限りグリーンピースのまったく新しい主張で、本家のGPインターナショナルにはそのような主張が見られない(その証拠にノルウェーやアイスランドの沿岸捕鯨を非難している)。 本家に盲目的に従うかに見えるGPジャパンが単独でそのような主張をしているとすれば面白いが、南極の調査のみ反対という主張にはあまり説得力がない。
筆者が想像するに、彼らが南極海のみで妨害活動をする理由は少なくとも四つある。 第一に、南極海は公海ゆえに捕鯨国の警察や沿岸警備隊に逮捕される心配がない。 グリーンピースが1999年に行ったノルウェー捕鯨の妨害では、強力な沿岸警備隊にたちまち船ごと拿捕された経緯がある(石川 1999)。 第二に、南極周辺国がニュージーランドとオーストラリアという強烈な反捕鯨国であるため、前述のごとく官民挙げて彼らを支援してくれるし寄付金も集めやすい。 第三に、人々から隔絶された南極海ではメディアも含めて第三者の目がほとんど周囲にないため、何をやっても自分達に都合良く宣伝できる。 第四に(これはあまり考えたくないが)、同じ捕鯨国でも欧州の盟友であるノルウェーやアイスランドより、日本という極東の国のみを悪玉にしたほうが、欧米人の反感を煽りやすく金も集まりやすい、といったところであろう。
筆者の友人の中には捕鯨に反対する者もいるし、動物愛護団体に所属する者もいる。 当たり前のことだが、個人であれ団体であれ、理由は様々だろうが、捕鯨に反対するも賛成するもまったく自由である。 友人同士お互いの意見を尊重しつつ、それぞれの主張を議論する事が出来れば、それは知的な楽しみですらある。 ただ、それぞれの意見を主張しようとする時に、事実をねじまげて人を欺いたり、ましてや暴力的な手法を用いたりするとなれば話はまったく別である。 筆者はたまたま捕鯨を推進する側に属する人間であるが、少なくとも南極海における調査の妨害活動は、もはや捕鯨問題とはまったく無関係の問題として扱われるべきだと強く言いたい。 肝腎なのは捕鯨に賛成か反対かではなく、暴力を許すか許さないのか、の一点である。 筆者は捕獲調査の長い経験の中で何度も彼らと対峙してきたが、南極海で毎度のように繰り返される暴力的な妨害活動と世界中に撒き散らされる嘘には、心底辟易した。
2006/07年調査において効果的な妨害活動ができなかったグリーンピースは、調査船団の後を追ってエスペランサ号を日本に入港させキャンペーンを張ろうと目論んだが、これには全日本海員組合が猛然と反発し、入港を阻止するぺく日本政府や港湾当局宛に要望書を撞出した。 GPジャパンはこれを「人権侵害」だとして、一部の国会議員らも巻き込んで抗議の記者会見などを行ったようだが、彼らは自分たちの行為が誰に批判されているかを考えて見ようともしない。 怒っているのは船乗り達である。 彼らはグリーンピースが捕鯨(あるいは南極海の調査?)に反対するから怒っているのではない。 航海と乗組員の安全を脅かすグリーンピースの行為に怒っているのだ。
GPジャパン代表は、欧米人のお仕着せではなく日本人自らが国民に訴え、世論を動かして日本の捕鯨政策を見直そうと言う(星川 2007)。 その考え方はまことに結構である。 もし国民の大多数が真に捕鯨に反対を唱えるのであれば、日本の捕獲調査も商業捕鯨もいずれは終了するであろう。 しかしその言葉に偽りがないのであれば、また本当に彼らの言う「非暴力的抗議活動」を実践するのであれば、南極海での危険な妨害活動と派手なパフォーマンスを即刻止めさせて、まずはマハトマ・ガンジー以来の非暴力的抗議の基本に戻り、ハンガーストライキでも行って支持者を集めてはいかがだろうか。
石川創 2006. グリーンピースと動物福祉一環境保護団体は南極海で人と鯨に何をしたか−. 鯨研通信431.
Young,R. 2006. http://ports.co.za/didyouknow/article_2006_01_16_5018.html
石川創 1999. ノルウェー捕鯨事情. 水産週報1504.
星川淳 2007. 日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか. 幻冬含.