1 経緯
本調査は、日本国政府が従来実施してきた南極海における鯨類資源の持続的利用を目的とした資源調査(非致死的調査)を継続するもので、令和元年6月30日の国際捕鯨委員会(IWC)脱退後、南極海における第6回目の調査航海となります。 本年度の調査では、南極海において鯨類目視調査、バイオプシー試料の採集、衛星標識の装着や海洋観測などを行いました。 本調査の結果は、南極海における鯨類資源の適切な管理等に貢献するため、IWC/科学委員会、南極の海洋生物資源の保存に関する委員会(CCAMLR)/生態系モニタリング管理作業部会及び北大西洋海産哺乳動物委員会(NAMMCO)/科学委員会といった国際機関に報告する予定です。
調査船である第三勇新丸及び第二勇新丸は、令和6年12月6日に宮城県塩釜港を出港し、令和7年1月1日から2月10日までの41日間にわたり、南緯60度以南の南極海において鯨類目視調査や各種実験・観測を実施して、3月14日に宮城県塩釜港に帰港しました。
2 調査計画
本調査は、水産庁補助事業により、当研究所が中心となって計画の立案と実施並びに結果の分析を主導しています。
2.1 主要調査目的:
(1) 南極海における大型鯨類の資源量およびそのトレンドの研究
(2) 南極海における大型鯨類の分布、回遊ならびに系群構造の研究
2.2 調査海域
本年度の調査海域は、南極海にあるIWCの管理海区の一つである第IX区の東側海域で、南緯60度以南の東経100度から130度までの海域(図1)でした。 また、日本から調査海域への往復航海の海域において中低緯度目視調査を実施しました。
図1. 2024/2025年度南極海鯨類資源調査の調査海域(青色)
2.3 航海期間と調査期間:
航海期間(塩釜港出港‐入港):令和6年12月6日〜令和7年3月14日、日数:99日間
調査期間 (南緯60度以南) :令和7年1月1日〜令和7年2月10日、日数:41日間
2.4 調査船および調査員:
勝俣首席、阿部船長、葛西船長 以下36名が乗船し、調査航海に従事しました。
第三勇新丸 (742トン、共同船舶(株)所属、葛西英則船長)、勝俣太貴(首席調査員:(一財)日本鯨類研究所第一研究部門研究員)、調査員2名を含む、計18名
第二勇新丸 (747トン、共同船舶(株)所属、阿部敦男船長)、川ア南門(調査員:(一財)日本鯨類研究所研究員)、調査員2名を含む、計18名
図2. 調査船 第三勇新丸(左)および第二勇新丸(右)
2.5 実施機関 :
指定鯨類科学調査法人・一般財団法人 日本鯨類研究所
3 調査結果概要
3.1 目視調査:
探索距離(南緯60度以南):2,492海里 (4,614km)
主な発見鯨種(南緯60度以南):
ザトウクジラ 850群 1,514頭(図3)、
クロミンククジラ 148群 322頭(図3)、
ナガスクジラ 28群 72頭、
シロナガスクジラ 19群 25頭、
ミナミセミクジラ 3群 3頭、
ドワーフミンククジラ 1 群1頭、
マッコウクジラ 3群 3頭、
ミナミトックリクジラ 12群 22頭、
シャチ 9群 234頭
図3. 調査海域におけるザトウクジラ(上)とクロミンククジラ(下)の発見位置
3.2 XCTD(投下式塩分水温深度計)による海洋観測
南緯60度以南:163地点で観測実施
海洋構造と鯨類分布の比較を目的として、水深0m〜1,850mまでの水温と塩分濃度を測定しました。 観測データから環境指標MTEM200(表層から水深200mまでの平均水温)を計算し、調査海域内の水塊分布を概略的に把握しました(図4)。
図4. XCTDによる観測地点とMTEM200に基づく水塊分布の概略図
3.3 衛星標識装着
ナガスクジラ11頭、クロミンククジラ25頭、ザトウクジラ2頭に装着。
鯨類の移動並びに潜水行動に関するデータが収集されました(図5)。
図5. 衛星追跡による鯨種ごとの移動軌跡と水塊分布の概略図 赤:ナガスクジラ 青:クロミンククジラ 橙:ザトウクジラ
4 調査結果から得られた主な成果
4.1 ザトウクジラの増加傾向
● 大型鯨類の中でザトウクジラのみが密度指数の顕著な増加を示しました。
● 初期資源の水準を超えて資源量が増加している可能性があります。
解説
日本鯨類研究所が過去に実施した調査と今回の調査で大型鯨類の密度指数(DI:100海里あたりの発見群数)を比較したところ、ザトウクジラのみが顕著な増加傾向を示しました。 この海域に来遊するザトウクジラの資源量は2015年時点で初期資源(過去の商業捕鯨以前)の水準の94%まで回復したとする海外の研究報告もあり、ザトウクジラの資源量が初期資源の水準を超えて増加し続けている可能性を示唆しています。 資源量のトレンドを正確に把握するには来年度以降に実施される隣接海域の調査結果と合わせて詳細な解析を進めることが必要です。
4.2 大型鯨類の分布
● ザトウクジラ、クロミンククジラ、ナガスクジラに分布傾向が異なりました。
● 各鯨種の分布は利用する餌生物の分布が反映されていると考えられます。
● 海洋環境の変化により餌生物の分布パターンが変化している可能性が指摘されており、鯨類の分布にも影響している可能性があります。
解説
調査船による海洋観測と発見位置および衛星標識による追跡データを分析した結果、ザトウクジラは南極周極流域を避け、主に南緯62度より南側の南極周極流南限境界域から氷の縁までの海域に集中して分布していました(図3、4)。 一方、クロミンククジラは南緯65度より南の低水温域(棚氷冷水域)に多く見られました(図3、4)。 衛星標識で追跡した個体もMTEM200が−1度以下の低水温域にとどまる傾向があり(図5)、この種が低水温環境を好んで利用していることを示しています。 衛星標識を装着したナガスクジラは、装着後に南極周極流に沿って大きく東向きに移動し、狭い範囲にとどまるクロミンククジラとは全く異なる行動を見せました(図5)。
南極海は鯨類にとって索餌場としての役割を果たしていることから各鯨種の分布には餌生物の分布が影響していると考えられます。 今回の調査海域でも海水温が近年上昇したことが報告されています。 鯨類の利用する餌生物のうち、Thysanoessa macruraなどのオキアミ類は比較的高い水温を好み、海水温の上昇により分布域が拡大傾向にあることが報告されています。 一方、ナンキョクオキアミやコオリオキアミは、クロミンククジラの餌生物ですが、比較的低い水温を好むことから、低水温域のある南極大陸側に分布していると考えられます。 鯨類もこれら餌生物の分布を反映しているものと考えられます。
今後、今次調査で収集されたバイオプシー試料の分析から鯨類の餌生物を特定し、大型鯨類の分布や海洋構造と比較することにより、鯨類と餌生物の分布の関係性がさらに明らかになるものと期待しています。
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目視調査中の観察員および調査員 | ザトウクジラの摂餌行動 | クロミンククジラの大群への衛星装着実験 |
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バイオプシー実験の様子 | ナガスクジラへの衛星装着実験 |