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グリーンピースと動物福祉
−「環境保護団体」は南極海で人と鯨に何をしたか−


石川 創(日本鯨類研究所・調査部)

1.はじめに


昨年(2005年)11月に山口県下関市を出港した第II期南極海鯨類捕獲調査船団は、本年(2006年)4月 に南極海の第III区東側から第V区東側の一部に至る広大な海域の調査を終え、多くの標本とデータとともに無事日本に帰港した。 今次調査が調査海域の拡大と捕獲頭数増加を伴う新しい調査で、南極海のクロミ ンククジラに加えナガスクジラを30年ぶりに捕獲した事は多くの人々の知るところだが、調査船団がグリ ーンピース(GP)とシーシェパード(SS)という二つの過激な団体により1ヶ月にわたる激しい妨害活動 を受け、大惨事になりかねない船舶の衝突事故にまで見舞われた事は、意外なほど知られていない。


筆者は本調査に副調査団長として乗船し、妨害団体の活動中は、船団に対する妨害の記録と陸上諸機関 との連絡業務を担ったが、船を下りて陸上での勤務時には、捕鯨における動物福祉(人道的捕殺)を専門 とする獣医師でもある。 本稿では、環境保護団体を自称する彼らの鯨類捕獲調査に対する妨害活動の実態 を伝えるとともに、「海と鯨を護る」と叫んでいる彼らが、実際には動物福祉に対して極めて悪しき行動を 取っている事実を報告するものである。


2.南極海鯨類捕獲調査におけるGPの妨害活動


そもそも、日本の南極海鯨類捕獲調査(JARPA)に対するGPの妨害の歴史は古い。 日本は商業捕鯨が停止した翌年の1987/88年より、南極海における鯨類捕獲調査を開始したが、GPは1988/89年の第2次調査の 際に初めて妨害活動を行ったのを始め(第1次調査では日本出港時にデモ活動を行っている)、第4次〜6 次及び第8次調査でも南極海の洋上で妨害活動を行っている。 その内容は主に大型ゴムボート(ゾディアックとも呼ばれる)による鯨の捕獲妨害と、捕獲された鯨を目視採集船から調査母船に引き渡す(渡鯨)際の妨害である。 第2次調査では、渡鯨を妨害しようとしたGPの母船ゴンドワナ号と、目視採集船第一京 丸の接触事故を起こしたものの、総じてこの頃のGPによる妨害活動は短期間の事が多く、妨害の内容も人 身や設備に大きな被害を与えるようなものではなかったと言える。 その最大の理由は、調査船団に比べて彼らの船の速力が遅く、装備も南極海での長期活動には不十分だった事であろう。 しかし、少なくとも私の個人的感想では、当時のGPは彼らがモットーとする「非暴力的抗議活動」から逸脱する事は少なかった ように思う。 彼らの大きな目的は捕鯨船団に対する抗議行動を撮影し、映像をメディアに流して大衆の反 捕鯨活動に対する支持を得る事であったが、この当時、船団に対するデモストレーションは必ずしもカメ ラの前ばかりで行われたわけではなかった。 時には荒天で移動中の母船を、プラカードを掲げるためだけに何時間も小さなボート一隻で追いかけて来る事もあり、 彼らの監視のために船尾で寒さに震えながらそんな様子を見ていると、 志は違えども、我々に捕鯨反対の意志を伝えようとする活動家の熱意には、多少 なりとも感心する時もあったのだ。


その後GPの調査妨害活動は、成果が上がらぬまま中断した。 第12次調査(1998/99年)では調査母船が火災事故のためニューカレドニアに緊急入港した際に、 港で停泊中の調査船のスクリューにチェーンを巻くなどの妨害活動を行ったが、 不幸な事故につけ込んだ妨害行動が非難され、後にGP側が謝罪した事がある。


GPが「変貌」したのは、第13次調査(1999/2000年)からであろう。 この年、GPはそれまで停滞していた反捕鯨活動を突然活発化させ、欧州ではノルウェーの商業捕鯨を妨害し、南極海にも妨害船アークティ ック・サンライズ号(AS号)を送り込んで来た。 この年の妨害活動は、過去の活動とは大きく異なるものであった。 最も大きな変化は、もはや穏やかな「抗議」にとどまらず、敵意をむき出しにした派手な妨害 を始めた事だ。 GPはボートにエンジンポンプを積み込み、調査船の乗組員に放水して作業を妨害するよう になった。 GPの活動家は全員が高価な「エマルジョンスーツ」という、氷点下の海に落水しても安全が確 保される装備で防備しているのに対し、調査活動を行う船上の乗組員は、作業着に雨合羽を着ているだけ に過ぎない。 危険が伴う渡鯨作業中などに目前から放水を受ける事は、大事故にも繋がりかねない危険な 暴力行為である。 また、彼らの妨害を避けて渡鯨作業を安全に行うために、調査母船の船尾周辺にロープ と看板で柵を作ったところ、驚いた事に彼らはこの設備を平然と破壊して看板を盗んで行ってしまった (図1)。 GPはその活動方針として「決して人や物を傷つけません」と主張しているが、このスローガンは 少なくともこの時以来真っ赤な嘘となった。 さらにGPは、AS号を調査母船日新丸の舷側数メートルまでに 接近して併走したあげくに、船首左舷を日新丸の右舷船尾に衝突させた。 当時調査団長として乗り組んでいた筆者は目前でこの事故の瞬間を見ていたが、 この時の衝突は明らかにAS号の操船ミスである。 間抜けにも私は、この時当然AS号側がまずは「船乗り」として日新丸船長に謝罪してくるものと信じていた。 しかしGPはただちに「日新丸がAS号に突進して来て衝突した」と世界に宣伝し、筆者は自分の考えの甘さを 思い知らされるとともに、それまでのGPに対する考えを完全に改めざるを得なかった。


図1.
(左)第13次調査で、ロープで張られたバリケードを切断するグリーンピース。垂れ幕と木製の看板には“DANGER KEEP OUT”と書かれている。
(右)後日放水装置で妨害にきたボートの天井には、盗んだ看板が「戦利品」としてこれ見よがしに張りつけてあった。

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第13次調査で受けた激しい妨害の苦い経験から、日新丸には妨害撃退用の大型放水砲が装備され、船団 各船の妨害対策装備も充実させた。 このため第15次(2001/02年)調査の妨害にやってきたGPは、ほとんど成果を上げられずに撃退される結果となった。 妨害の失敗に加え、捕鯨に対するメディアの関心が低くなったせいか、GPの反捕鯨活動は再び停滞したが、2005年の国際捕鯨委員会(IWC)で日本が新たに第II期南極海鯨類捕獲調査(JARPAII)の計画を発表して関係者の注目を浴びると、GPは活発な反捕鯨活動を 再開した。 そして2005/06年の調査では、従来のAS号に加えGPの旗艦とも言えるエスペランサ(E号)も 投入した過去最大規模の妨害活動を展開したのである。


2005/06年調査における妨害の激しさは第13次調査を上回るもので、メディアを意識した派手なパフォー マンスも過激になった。 GPが2隻の妨害船から撮影隊を載せたヘリコプターと10隻近い妨害用ボートを総 動員して調査母船に突撃してくる様子を見ていると、自分たちが妨害を受ける側にいながら、まるでアク ション映画の撮影現場にいるような気分になるほどであった。


ところで、すべてのボートには企業名の入ったカラフルな旗が取り付けてある。 さてはいよいよGPは資金調達のために企業スポンサーがついて、撮影中に広告まで見せなければならなくなったのか?と首をひ ねったが、後から調べたところ、その企業はアメリカ有数の冷凍食品会社で、その親会社が鯨肉を扱って いるニッスイだから、GPはこの企業の不買運動を行うのだと言う説明であった(図2)。 しかし、日頃GPや捕鯨問題に詳しい自分ですら理解できなかったそんなパフォーマンスを、南極海で船 の乗組員に見せていったい何になろうか? 日本人が(おそらくは世界のほとんどの人間も)聞いた事もない企業の名前を見せに、 彼らは南極海まで船団を繰り出しているのである。 旗を見せて効果のある相手は、欧米で環境問題に関心のある、(しかもGPに献金が期待できる)ごく一部の人々でしかないだろう。 これは南極海でのGPの妨害活動が、我々ではなく誰に向けられて行われているのかを示す、いい例である。


この年のGPは、高性能のボートに調査母船の放水砲に対する堅固な防備を備えただけでなく、自ら強力 な放水装置を取り付けて、調査船団の目視採集船3隻の調査活動を徹底的に妨害した。 目視採集船への妨害は、鯨の追尾時だけでなく、非致死的な調査である目視調査やバイオプシーなどの実験中までも行われ たため、乗組員は放水でずぶ濡れにされながら調査を続けなければならなかった。


しかし最も辛い思いをしたのは目視採集船の砲手であったろう。 鯨の追尾が始まると、GPのボートは捕鯨砲の発砲を妨害するために、 1〜2隻で放水しながら鯨と目視採集船の間をジグザグに走行する。 捕獲調査では、基本的に捕獲対象(乱数表で選択する)として追尾した個体は必ず捕獲する規則となっている。 これは資源を代表する標本を採集するためのランダムサンプリング(無作為抽出)法を保証するためで、 捕獲しやすい鯨だけを捕っていた昔の商業捕鯨との大きな違いでもある。 このため砲手は、妨害を受けても彼らを避けながら乱数表で選択された鯨の捕獲を目指すのだが、 一歩間違えば発砲時に妨害者を傷つけてしまう可能性がある。 危険だから近寄るなと警告をしても無視されてしまうので、熟練した砲手達も常 にない緊張を強いられたが、このような状況下で、実際に捕獲を放棄した個体が1例のみだった(言い換 えればGPが「救った」と主張する鯨はこの1頭のみである)事は、砲手達の仕事に対するプロ意識に頭が 下がるばかりである。


一度だけ、ひやりとさせられた時があった。 捕鯨砲の発砲直後にボートが銛の弾道を横切り、銛と船を繋ぐ銛綱がボートの上に被さったのである。 幸い銛が命中した鯨は即死し、しかも通常は速やかに沈下する死体が沈まなかったために怪我人は出なかった。 もし、鯨が暴れたり死体が沈んだりすれば、ボートは鯨と共に海中に引きずり込まれていたかも知れない。 ところがこの後、目視採集船の砲手達がいくら説得しても、ボートの活動家達は絡んだ銛綱をはずそうとしない。 かろうじて浮かんでいる死体が沈んでしまうとボートが危険なため、 やむなく船側からウィンチを巻いてボートと鯨体を舷側に引き寄せ、乗組員が 銛綱をボートからはずしたところ、突然ボートの活動家の一人が銛綱を掴んで自分から海に入ってしまっ た(図3)。 ボートは彼を放置して現場から離れ、エマルジョンスーツで一人海に浮かぶ活動家を、ヘリコ プターが上空からしばらく撮影をした後に、ようやくボートが戻って来て拾い上げた。 …これが「鯨を守ろうとして鯨と砲台の間に割り込んだゾディアックボートに、発砲した銛の綱が絡まって活動家が海に跳 ね飛ばされた!」と、GPから世界に発信された事故の真実である。 こちら側からも一部始終をビデオで撮影していたので、 この馬鹿げた虚報を訂正すべく正しい事実関係を陸上関係機関に報告したが、南極海洋 上からブロードバンドを駆使して世界中のメディアに情報を発信するGPと調査船団では、情報の量と速度 で圧倒的な差がある。 どんな嘘でも先に大量に流した方をメディアは採用するものだ、という事を思い知 らされた事件であった。


図2.
この姿を見てGPのスポンサー広告と見ない者は少ないだろう。


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図3.
(左)ボートのGPに銛綱をはずすよう説得する乗組員。ボート右側には死んだ鯨が浮いている。
(右)乗組員がボートから銛綱をはずしたところ、GP活動家が銛綱にしがみついて自分から海に入った。 「はじき飛ばされた」真実がここにある。


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3.衝突事故とシーシェパード


GPの妨害による大きな事故は2006年1月8日に発生した。 この日の朝、昨晩から続いていた日新丸と燃料補給兼冷凍船オリエンタルブルーバード(OBB号)との横付け荷役が終わろうとしていた。GPは荷役の間、深夜にヘリコプターやE号を至近距離まで接近させて撮影を行っていたが、目立った妨害活動を行ってい なかった。 しかし朝になるとボートを数隻出して、OBB号の船尾と右舷にペンキで大きな落書きを始めた。 さらにほぼ同時刻に、シーシェパード(SS)という別の妨害団体が現れた。 SSはもともとGPの古参メンバーだった人物が作った団体で、目的のために手段を選ばないという暴力的な過激集団として知られている。彼らもまたJARPAII妨害のために南極海までやって来たのだが、GPほど潤沢な資金がないために船も旧式 で速度が出ず、12月に一度日新丸に遭遇したものの振りきられてしまっていたのだ。


過激な妨害集団が2団体3隻も一度に揃ったため、日新丸は危険を避けるためにOBB号との横付けを終 了し、現場海域を一時離脱する事にした。 しかし離れる前にGPのボートがOBB号に何をしたのかを確認する必要がある。 以前にもGPには日新丸の船体に強力な発信器を取り付けられた事があり、落書きだけでは 済まない場合もあるのだ。 このため日新丸はOBB号と離舷後に微速でOBB号の船尾を回って右舷側の確認 を行った。 その時、日新丸の右舷側からGPのAS号がまっしぐらに向かってきたのだ。


GPの船が異常に接近してくる事は珍しい事ではない。 第13次調査でも同じAS号が異常に接近したために、接触事故を起こしている しかしこの時はいささか状況が違った。 AS号はまったく速度を落とす様子もなく突っ込んでくる。 日新丸の左舷側にはOBB号がいるので日新丸は回避のために舵が切れない。 まさか?と思っているうちにAS号は日新丸の真横に迫り、ようやく減速を始めたものの間に合わず、船首から日新 丸の右舷中央に垂直に衝突した(図4)。 予想に違わず、今回もGP側は「日新丸がAS号にぶつけて来た」とただちに世界に向かって大宣伝したが、 さすがに衝突の状況が尋常でなかったためか、この時はメディア側も報道には慎重だったようだ。 しかし、なぜGPがこのような馬鹿げた事故を引き起こしたのか、筆者はこの時も現場で一部始終を見ていながら未 だに首をひねる。 AS号は砕氷能力があるとは言え、日新丸よりはるかに小さい。 まともに衝突したら自らの危険の方が大きいと思うのが普通だろう。 実際、事故直後にAS号の船長から気が狂ったような罵声が無 線で入ってきたところを見ると、AS号が命を賭けてでも捕獲調査を阻止しようとして体当たりをしたかっ た訳では無いようにも見える。


はっきりしているのは、今回だけでなく過去発生した接触事故を含めすべて、事故発生時にGP船は常に 相手の右舷側から異常接近していると言う事実である。 これは船舶航行の原則に「右側優先」があるからで、GPは事故を起こすたびにこの原則を根拠に自己の正当性を主張して来ている。 換言すれば、右側から接近する限り、船を衝突させても常に相手が悪いと言う主張だが、もちろんこれは論外である。 しかし現実には、公海上での船舶事故は、どちらかが沈没したり死傷者を出したりするなどよほど深刻な事態にな らない限り、訴訟手続きの難しさなどから責任の所在がはっきりされない例が多い。 結局の所「言った者勝ち」的な要素が大きいのである。 過去にGPが起こした船舶衝突や接触の事例(それは捕獲調査船団相手 ばかりではない)を見る限り、筆者にはGPの妨害活動における操船マニュアルに「右側に位置する限り衝 突を恐れず突っ込め」とでも書いてあるとしか思えない。


ちなみにもう一方の妨害団体であるシーシェパード(SS)の方はもっと態度が明快である。 彼らは最初から相手の船を沈めるか、操船不能にするかを目標に行動するので、少なくとも自分たちのした事を相手 の責任にすることはしない、というよりできない。 事実、1月8日の遭遇時には、GPのAS号が衝突事故を起こした後に、SSはただちにゴムボートとヘリコプターで日新丸を追尾し、船のスクリューを狙ってワイヤーを10回も投げ込んできた(図5)。 また、SSの船ファーリーモワット(FM号)には、右舷側に「缶切り(can opener)」と称する鋼鉄製の巨大な槍状の武器が固定されており、平然と体当たりを仕掛けてくる。 今回はFM号が旧式の船だったため、日新丸に追いつく事ができず目的を果たせなかったが、洋上で待機中 のOBB号は後日舷側に傷を付けられた。


SSは妨害行動の過激さと言う点ではGP以上で、環境保護団体を自称しているものの、実態は単なる狂信 的な動物愛護団体に過ぎない。 まともな環境保護団体からは相手にもされない(IWCも非政府機関として の会議参加を認めていない)SSであるが、GPとは「昔のよしみ」で仲が良いようである。 GPは公式にはSSとは協力しないと主張しているが、実際には洋上で調査船団の位置や情報をSSに頻繁に伝えていた事は、 SS自身が認めているところである。 SSのホームページには、調査船団を追航していたGPしか知り得ない日 新丸の詳細な行動まで、正確な位置情報と共に記載された事もあった。


GPとSSのこのような隠れた協力関係は、GP自身がSSと同質の妨害団体である事を裏付けているが、1 月8日の両団体の連携ぶりを見ていると、GPは、自分達がやりたくない「汚い」妨害をSSに請け負わせて いるのではないかという疑いすら感じてしまう。


図4.AS号と日新丸の衝突の瞬間。どちらが衝突してきたか一目瞭然である。


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図5.シーシェパードのボートから、日新丸のスクリューめがけて碇と浮子をつけたワイヤーが何度も放り込ま れた。


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4.動物福祉に関するGPの問題点


GPは鯨問題に関してしばしば、「自分たちは環境保護団体であって動物愛護団体ではない」、「捕鯨をす るな、鯨を食べるなと言っているのではなく、過剰な漁獲から海洋生態系を守ろうと言っているのだ」と 主張している。 しかし、巨大組織であるGPの公式発言や対外的な主義主張はどうあれ、実際の妨害活動に おける活動家達の言動は「鯨を一頭たりとも殺すな」であり、ブログなどに見られる彼らの発言は過激な 動物愛護団体となんら変わるところが無い。 活動家達は、海洋生態系云々よりも愛すべき鯨を捕鯨者から救う事に一生懸命なのである。 しかし彼らの猪突猛進な「鯨を救う」行動は、実は鯨を救うどころか鯨に 対して深刻な苦痛を与えている。


前述したように、目視採集船に対するGPの妨害活動は、通常2隻の大型ボートが目視採集船と鯨の間を 走行して、捕鯨砲の発砲を邪魔するものである。 2005/06年調査でGPが鯨の追尾を妨害した記録は26回あり、このうち25回で捕獲に成功したが、 これらの個体については次のような動物福祉上の問題が生じている。


(1) 妨害のため適切な射撃機会が得られず、鯨の追尾時間が延長した。

(2) 妨害のため鯨の急所(心臓を中心とする胸郭)への銛の命中精度が損なわれ、鯨の即死率が低下し、 平均致死時間(1番銛命中から致死判定までの時間)が延長した。

(3) 妨害のため鯨の急所への銛の命中精度が損なわれ、命中後の銛抜けによる再捕獲が3回も発生した。 とど

(4) 銛命中後の妨害のため、二次的捕殺(銛で即死しなかった個体への止め)としてのライフル射撃がで きず、鯨を溺死させざるを得なかった例が2回あった。

(5) 高速ボートで鯨の遊泳を長時間攪乱したため、鯨が遊泳不能になった例が観察された。


表1.グリーンピース妨害前と、妨害を受けた捕獲個体の追尾時間(捕獲対象個体決定から銛命中まで)、致死時間(銛命中から致死判定まで)、即死率及び銛抜け(再捕獲)発生率。


平均追尾時間(分) 平均致死時間(秒) 即死率(%) 銛抜発生率(%) 標本数
GP妨害前 11.2 104 57.6 1.7 118
GP妨害中 31.6 258 48.0 12.0 25

(1)〜(3) については、表1に実際の数値を示した。 GPの妨害以前と妨害中の捕獲個体の平均追尾時間、平均致死時間、即死率の差は一目瞭然で、ボートの妨害のため致死時間は2.5倍、 追尾時間は3倍近くまで延長している。 目視採集船の砲手は、警告を無視して眼前を走り回るボートを避けながら水中から一瞬姿を 見せる鯨に発砲する必要に迫られる。 この結果、鯨の心臓を狙うという射撃目標がしばしば逸れ、致死時間の延長や銛抜けが発生するのである。 即死率の差があまり大きくないのはむしろ驚きで、砲手達が異常 な状況下でいかに安全かつ正確な射撃に神経を集中していたかを示す数字だと言えよう。 ちなみにGPのボートは、銛抜けした個体の再追尾まで妨害した事もある。 何が何でも捕獲を邪魔したかったのであろうが、 動物の捕殺の際に傷ついた個体を放置しておく事は、苦痛を長引かせる結果しか生まない。 少なくとも「鯨を救おう」と言う彼らの頭の中には、「鯨に苦痛を与えない」という発想は無いようだ。


(4) は、彼らの行動が鯨の追尾妨害に留まらないために生じるものだ。 GPは銛が鯨に命中した後にも、鯨体と船体を繋ぐ銛綱を奪おうとする行動をしばしば取った。 鯨が即死しなかった場合、これはGPにとって悲惨な事故になりかねない無謀な行為だが、まだ生きている鯨を殺すために砲手が船上からライフル(鯨の頭骨を貫通できる大口径の弾丸を使う)を撃とうとしても、鯨の付近にボートや人がいると、跳弾の危 険があり射撃ができない。 二次的捕殺手段が行使できなければ、溺死するまで鯨に余計な苦痛を与える結果となるのだ。


(5) も問題である。 GPは強力なエンジンを積んだ大型ボートで捕鯨砲から鯨を遠ざけようとするが、その 結果として行っている事は、捕鯨船による追尾よりも鯨を脅かしている。 高速の大型ボートが発生させる高周波の騒音は、おそらくは鯨にとって捕鯨船よりありがたくない音であろう。 しかも2隻で鯨の至近距離を長時間ジグザグに走行するため、鯨が方向感覚を失って遊泳不能になった、あるいは疲労困憊して動 けなくなった等の観察例が、目視採集船の調査員から報告されている。 この報告を聞いて筆者は、1980年代に行われていた、沿岸小型捕鯨船によるミンククジラ操業を思い出した。 当時の小型捕鯨船は鯨より速度が遅かったため、捕鯨船乗組員は鯨を発見すると、漁場まで曳航して来たモーターボートを使って追尾 を行った。 ボートで鯨の周囲を高速で走り回ると、鯨は発生する騒音と泡のために方向感覚を失い動けな くなり、そこへ追いついてきた捕鯨船が捕鯨砲で仕留める、といった追尾方法である。 現在もし商業捕鯨でこの手法を再現しようとすると、動物愛護団体から動物福祉上問題有りと批判される可能性が高いが、 GPの行動は、図らずもまさに当時の捕鯨法におけるモーターボートの役割を担った事になる。


我々は鯨類捕獲調査において、長年にわたり動物福祉の向上、すなわち鯨の人道的捕殺の改善に大きな 関心と努力を払ってきた。 これは捕鯨という狩猟活動における動物福祉と、致死的手法を使う科学調査に おける動物倫理という、二つの側面から必要な事だからである。 IWCは鯨の人道的捕殺(Humane killing)の定義を、「可能な限り迅速に苦痛に対して無感覚にすることを目指す」としている(IWC, 1980)。 日本は様々な研究と取り組みの結果、捕獲調査における鯨の致死時間の大幅な短縮と即死率向上に成功して来た (Ishikawa, 2005)。 反捕鯨の立場を取る海外の動物愛護団体は、日本の捕獲調査が動物福祉を侵害している としばしば激しく非難するが、捕鯨における動物福祉を真剣に考え実行している我々にしてみれば、彼ら の批判は見当違いも甚だしい。 GPの捕獲調査に対する妨害行動は、すでに述べたようにそれ自体が暴力的 かつ異常であるが、彼らの妨害行動が動物福祉に与えた甚大な有害性も無視できるものではない。 捕鯨問題においては常に動物愛護団体と行動を共にするGPであるが、彼らの活動こそ動物福祉を目指す者達から 批判されるべきであろう。


5.終わりに−GPはなぜ鯨を守ろうとするのか−


ありがたくない事であるが、筆者はなぜかGPの反捕鯨活動と縁が深い。 JARPAの調査船団が南極海でGPと遭遇した事は今回を含め計8回あるが、筆者はこのうち6回を経験し、 1999年にノルウェーの好意により北海で操業する捕鯨船に乗せていただいた際にも、GPの激しい妨害活動に遭遇している。 従って、好むと好まざるに関わらずGPとのつきあいは長いのだが、それでもなぜ彼らがこれほどまでに鯨の保護に熱 心なのかを理解する事は難しい。 1970年代に初めてGPが鯨の保護活動に乗り出した時、その理由が「捕鯨 のために世界の鯨が絶滅の危機に瀕しているから」であったことは明らかである(Brown and May, 1995)。 しかしその後鯨類に関する科学的知見が蓄積され、多くの鯨種の資源が頑健である事が知られるようにな ると、GPの鯨保護の題目は変化し続けて来た。 現在、GPの公式な見解をホームページなどで見る限り、「過剰な漁業に反対するのであって鯨保護活動ではない」と書いてあるが、一方では完全に計画的に管理されている科学調査ですら、鯨を1頭たりとも捕らせないとするのがGPの真実である。 捕獲調査に関しての批判だけでも、「疑似商業捕鯨だ」(→事実は国際捕鯨取締条約に基づく科学調査である)、「サンクチュア リ内の捕獲は国際法違反だ」(→科学調査ではサンクチュアリの制限は適用されないので間違い)、「海洋生 態系を守れ」(→捕獲調査が海洋生態系をも調査している事を無視している)等とその時々で様々である。


GPを知る多くの人々の指摘するところは、GPにとっては、自分たちが取り組む核問題や地球温暖化問 題、熱帯雨林保護問題などより、「鯨の保護」が最も大衆の支持を得やすく、カネも集まりやすいのだとい う点である。 そこには欧米諸国の安全保障や先進国と途上国との経済格差、大企業の利害など、深刻に対 立する問題点が少ない。 日本を筆頭に、ごく一部の国のごく一部の漁業政策と活動を叩くだけで、世界中 の支持者は自分では見た事もない地球上最大の生物を守った気持ちになれる、というわけだ。 毎度のごとく南極海で繰り広げられる、馬鹿馬鹿しくかつ危険極まりないGPの反捕鯨パフォーマンスを見ている限り、 この指摘は真実であろう。


インターネットを始めとする通信技術の急速な発達のおかげで、金さえかければ南極海での活動はリア ルタイムの映像と文書で世界中に直ちに配信できるようになった。 GPの活動目的は、かつて「捕鯨船団に直接抗議をして(調査)捕鯨を止めさせる」事に失敗した経験から、 今や「危険を顧みず捕鯨船団に立ち向かう戦士たちの姿を世界に宣伝し、援助の寄付金を集める」事に特化した。 もはや調査の妨害は天気の良い撮影日和の時しか行われず、カメラの無いところでは決して行動しない。 派手なアクションとパフォーマンスを続けなければ視聴者に飽きられるので、無謀な行動はどんどんエスカレートする一方だ。 このままではいつか死傷者が出る大事故が起こるのは必至だが、万一GPの活動家に死者が出た時に、今度はお そらく活動家が「殉死者」として祭り上げられるのではないかと思うと、カネ集めに腐心するGP本部の幹 部達におだてられ、南極海で鯨を守っていると信じている活動家達が哀れにも見える。


長年のつきあいからGPには言わせてもらおう。 グリーンピースは、カネ集めや映画作りのために日本の捕獲調査を妨害し、船団乗組員の生命を脅かしたり、 船を破壊したり物品を盗んだりする事は止めなければならない。 自らの無謀な行動が招いた深刻な事故を、責任を他者に転嫁する虚偽の報道で人々を欺く事 は止めなければならない。 鯨を無用に苦しめる事で動物福祉を侵害する事は止めなければならない。 調査妨害のために無邪気な活動家達に命を賭けさせる事を止めなければならない。 筆者はその手法には疑問を抱きつつも、グリーンピースが世界の軍縮や環境の保全に微力ながら貢献して来た点は信じるつもりであ る。 しかしグリーンピースは、自らを動物愛護団体でないと主張するのであれば、鯨の保護活動から撤退 するべきである。 なぜならば鯨の調査や健全な捕鯨活動を妨害したところで、絶滅の危機に瀕する種の保 全にも役立たなければ、ましてや海洋生態系の保護には何ら益するところがないからだ。 グリーンピースが鯨保護活動を始めた当初の理由(すべての鯨の絶滅危機)がもはや意味をなさなくなっている事は、彼 ら自身が良く知っているはずである。 グリーンピースが真に地球環境の保護を考えるのであれば、南極海 で鯨と調査船を追い回す努力と熱意を、もっと役立つ別の目的に振り向けるべきである。


6.参考文献


Brown, M. and May, J. (中野治子 訳).1995. グリーンピースストーリー.山と渓谷社.東京.339pp.
Ishikawa, H. and Shigemune, H. 2005. Improvements in more humane killing methods of Antarctic minke whale Balaenoptera bonaerensis in the Japanese Whale Research Program under Special Permit in the Antarctic Sea(JARPA).Jpn. Zoo Wildl. Med. 10(1), 27-34.
IWC. 1980. Report of the workshop on humane killing techniques for whales. Document IWC/33/15 presented to the 33rd IWC Technical Committee, July 1981(unpublished).18pp.


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