本調査は、国際捕鯨委員会科学委員会(以下、IWC/SC)における第二期南極海鯨類捕獲調査の成果に関する議論や2014年3月の国際司法裁判所(ICJ)の判決を踏まえて、新たに策定された新南極海鯨類科学調査計画(NEWREP-A)の第三回目の調査であり、一般財団法人日本鯨類研究所が農林水産大臣から許可を受けて実施した。
2017年11月9日より143日間にわたり5隻の調査船を用いて実施し、鯨類の目視情報をはじめ、クロミンククジラ(Antarctic minke whale, Balaenoptera bonaerensis)の生物学的情報、その餌生物であるナンキョクオキアミの資源量および海洋環境情報を収集した。
NEWREP-Aでは非致死的調査手法をはじめとする調査方法の改善と拡充が行われており、今回の調査では、南極海第VI区においてランダムサンプリングによるクロミンククジラの捕獲調査および同種への衛星標識装着実験を実施した。
また、第V区の東半分及び第VI区西半分において、調査船2隻により、鯨類目視調査に加えて、非致死的調査の実行可能性・有用性を検証するために、クロミンククジラからのバイオプシー標本(皮膚の生検標本)採集実験を実施し、併せて餌環境調査として計量科学魚群探知機による観測、ネットサンプリング及び採水を含む海洋環境調査を行った。
2017/18年度 新南極海鯨類科学調査(ニューレップ・エイ)
英名:NEWREP-A(New Scientific Whale Research Program in the Antarctic Ocean)
1. RMP(改訂管理方式)を適用したクロミンククジラの捕獲枠算出のための生物学的及び生態学的情報の高精度化
2. 生態系モデルの構築を通じた南極海生態系の構造及び動態の研究
航海日数 143日間(2017年11月9日から2018年3月31日)
調査日数 83日間(2017年12月8日から2018年2月28日)
東経165度から西経120度間の南緯60度以南の海域
(図1:IWC/SCヒゲクジラ管理海区 第V区東および第VI区)
実施主体 一般財団法人日本鯨類研究所
調査員 調査団長 坂東武治(同調査研究部室長)以下19名
調査母船 日新丸(8,145トン 江口浩司船長、以下102名)
目視採集船 勇新丸(724トン 阿部敦男船長、以下17名)
目視採集船 第二勇新丸(747トン 葛西英則船長、以下19名)
目視採集船 第三勇新丸(742トン 大越親正船長、以下18名)
目視専門船 第七開洋丸(649トン 佐々木安昭船長、以下24名)
計180名
ライントランセクト法による鯨類目視調査(資源量推定のための目視調査)、距離角度推定実験、自然標識撮影、バイオプシー標本採集、クロミンククジラ衛星標識装着実験、クロミンククジラからのバイオプシー標本採集の実行可能性検証実験、発見されたクロミンククジラのランダムサンプリングによる捕獲調査(生物学的情報の収集)、および餌環境調査(計量科学魚群探知機によるオキアミ類などの分布情報収集、ネットサンプリング)、ならびに海洋環境調査(CTD観測、採水器による採水、海洋漂流物観察)。
クロミンククジラを中心とする南極海に分布する鯨類の資源動態に関する情報、クロミンククジラの生物学的情報、オキアミ資源量情報、海洋観測情報等を収集した。
調査では、総探索距離9,360海里(目視専門船および目視採集船の合計:約17,335km)の探索により、シロナガスクジラやナガスクジラをはじめとしたヒゲクジラ亜目4種およびマッコウクジラやシャチなどのハクジラ亜目3種の発見情報を収集した(表1)。
最も発見群の多かった鯨種は、クロミンクジラ(728群1,683頭)であり、次いでザトウクジラ(372群578頭)、ナガスクジラ(191群396頭)、シャチ(53群1,044頭)、マッコウクジラ(52群52頭)の順で多かった。 クロミンククジラは調査海域全域で発見されたが、主として南緯69度以南の海域で多数発見された。 一方、ザトウクジラとナガスクジラは、南緯69度以北の氷縁から沖合域までの広い海域で発見された。
調査海域のうち、第VI区(西経170度から西経120度の海域)においては、2隻の目視採集船により、クロミンククジラ333個体(オス152個体、メス181個体)を採集し、鯨体は調査母船上に引き揚げられた後、生物調査を実施して、生物学的試料を収集した。 収集した生物標本は、主にクジラの年齢査定に必要な耳垢栓と水晶体、栄養状態の判定に必要な脂皮、繁殖情報を得る生殖腺、および餌生物種の情報を得るための胃内容物やその他の分析用組織標本である。 得られた鯨体標本の平均体長は7.74m(オス7.46m、メス7.96m)、平均体重5.93t(オス5.11t、メス6.62t)であり、オスは59.9%、メスは70.7%の割合で成熟していた。(表2) 妊娠率などの予備的分析から、本種の健全な繁殖力が示唆された。 主要餌生物として観察された餌種は、ナンキョクオキアミ(188個体)、コオリオキアミ(3個体)およびThysanoessa属のオキアミ(12個体)であった。
また、発見された鯨類への自然標識撮影、バイオプシー標本採集および衛星標識装着実験といった非致死的調査も実施した。 そのうち、自然標識撮影では個体識別に使用する背鰭や特徴的な部位等の写真撮影を3種(シロナガスクジラ、ザトウクジラ、シャチ)、71個体で実施した。 バイオプシー標本の採集では3種(シロナガスクジラ、ザトウクジラ、ナガスクジラ)、9個体から皮膚標本の採集を行った。(表3)
クロミンククジラのバイオプシー標本採集の実行可能性検証実験では、39回の試行のうち、10個体から皮膚標本が得られた。 また、クロミンククジラの回遊経路を調べるため、25個体に対して衛星標識の装着実験を行った(表4)。 そのうち12個体において衛星標識の装着に成功し、現在も数個体について移動経路の追跡を継続している。
餌環境調査では、計量科学魚群探知機を使用したデータ観測により2隻で延べ141日間のデータを収集し、オキアミ類などの種確認を目的としたアイザックキット中層トロール(IKMT)によるサンプリングを11回、稚魚ネットによるサンプリングを47回実施した。 また112観測点においてCTD(水温・塩分濃度・クロロフィル・溶存酸素)および16観測点において採水器を用いた採水を実施して海洋環境データを収集した。(表5)
(1) 今期は、反捕鯨団体による妨害をうけることなく調査に専念することができ、捕獲調査と目視調査を行い、非致死的調査等すべての調査項目を実施できた。
(2) 第V区東及び第VI区西では、目視調査船2隻により、IWCガイドラインに則った目視調査を行い、NEWREP-Aの目的に沿った南極海における鯨類資源の動向や生態系モデル構築に関する重要なデータや試料を収集することができた。
(3) 目視調査からは、シロナガスクジラをはじめ、クロミンククジラ、ナガスクジラ、ザトウクジラの複数鯨種が同一海域を摂餌海域として利用していること、これら大型鯨発見が多いなど、近年の知見と同様の情報が得られた。 さらに、ザトウクジラに加えてナガスクジラにも資源回復の傾向が認められた。
(4) 非致死的調査の実行可能性・有用性を検証するため、クロミンククジラからのバイオプシー標本(皮膚の生検標本)採集実験や、回遊経路を調べるための同種への衛星標識装着実験をNEWREP-A計画に基づき実施した。 特に衛星標識実験ではクロミンククジラ12個体へ標識を装着し、1ヶ月以上にわたる位置情報の受信に成功した。 現在も数個体について位置情報を収集しており、同種の移動経路についての知見を得ることが期待される。
(5) 非致死的調査ではシロナガスクジラ、ザトウクジラ及びシャチの自然標識撮影(注1)や、バイオプシー標本採集(注2)を実施した。
(6) 餌環境調査としてオキアミ類の資源量把握を目的とする計量科学魚群探知機による観測、2種類のネットによるオキアミ類のサンプリング及び採水器による採水を含む海洋環境調査を実施し、餌生物環境に関する情報を収集、蓄積した。
(7) 致死的調査では、第VI区全域の幅広い調査海域から、クロミンククジラ333個体の鯨体標本を採集することができた。 すべての採集個体に対して鯨体生物調査を実施し、年齢、繁殖状態および栄養状態に関する生物学的情報および試料を収集した。
(8) 第VI区東において初めて捕獲調査を行い、クロミンククジラの系群構造解明に貢献する試料を収集した。
(9) 採集したクロミンククジラ333個体のうち雄は152個体、雌は181個体であった。 採集した個体のうち、雄は59.9%、雌は70.7%の割合で成熟していた。 妊娠率などの予備的分析から、本種の健全な繁殖力が示唆された。 また、捕獲した個体からは、生物学的及び生態学的情報を明らかにするため、年齢査定に必要な耳垢栓と水晶体、栄養状態の判定に必要な脂皮、繁殖情報を得るための生殖腺、および餌生物種の情報を得るための胃内容物やその他の分析用組織標本を収集した。 詳細はIWC/SCで報告予定である。
(10) 南極海までの往復航海において 中低緯度目視調査を実施し、3,907浬の探索の結果、クロミンククジラ3群5頭(親子1群2頭を含む)、ナガスクジラ7群13頭、イワシクジラ8群10頭、ニタリクジラ1群1頭、ザトウクジラ8群14頭およびマッコウクジラ18群35頭を発見した。 このうち、クロミンククジラ親子から、それぞれバイオプシー標本(2個体)を採取した。
(11) 今期調査で得られたデータ及び標本は、今後、国内外の研究機関との共同研究により分析及び解析が行われ、鯨類資源に関する研究の進展に寄与することが期待される。 研究成果については、詳細をIWC/SCで報告するとともに、関連学会などで発表していく予定である。
(注1)鯨の個体識別が可能となるような外見上の特徴(模様、ヒレの形状、傷跡等)を写真に記録するもの。
(注2)DNA等を分析するため、鯨の表皮の一部を採取するもの。
流氷の中を航行する調査母船(日新丸) | 鯨種を確認中の勇新丸 | 海洋観測 (CTD観測) |
餌生物調査 (ネット採集) |
衛星標識装着実験 | バイオプシー採集実験 |
外部形態の写真撮影 | 外部形態の計測 (胴周の計測) |
クロミンククジラの胃内容物 (ナンキョクオキアミ) |
クロミンククジラの胃内容物 (ナンキョクオキアミ(下)とコオリオキアミ(上)) |
南極海の生物 (クロミンククジラ) |
南極海の生物 (ザトウクジラ) |
南極海の生物 (アデリーペンギン) |
南極海の生物 (ユキドリ) |
南極海の風景 (アデリー岬) |
南極海の風景 (氷堤と日新丸) |