北西太平洋鯨類科学調査は、日本政府が策定した新北西太平洋鯨類科学調査計画(NEWREP-NP:通称 ニューレップ エヌピー)に基づき、本年6月から開始された調査です。
日本政府は2016年11月に、北西太平洋鯨類科学調査計画案(NEWREP-NP:ニューレップ エヌピー)を策定して、国際捕鯨委員会(IWC)科学委員会に提出しました。
本計画案は、その後、IWC科学委員会によるレビューを受けた上で、今般、最終化され、今年度から実施されることとなりました。
このNEWREP-NPは、日本沿岸域におけるミンククジラのより精緻な捕獲枠算出と、沖合におけるイワシクジラの妥当な捕獲枠算出に必要な情報を収集することを主目的とした調査計画です。
本調査によって、改訂管理方式(RMP)に適用される時空間的な系群構造や、性成熟及び年齢といった生物学的特性値の情報を収集し、捕獲枠算出の精度向上に貢献する事が期待されます。
調査期間は12年間で、調査開始から6年度に中間評価を実施する予定です。
衛星標識、バイオプシー及び目視調査など非致死的調査を含めて、外部研究機関との連携を強化します。
今年が初年度の調査となります。
NEWREP-NPは、沖合調査(本調査)と沿岸域調査から構成されており、日本鯨類研究所は沖合調査の調査実施主体となっています。
ここでは、第1回のNEWREP-NP沖合域調査の航海の概要について報告します。
第1回のNEWREP-NP沖合域調査は、6月14日に出港後、100日間の調査活動を行い、9月26日に帰港しました。 この間、台風や低気圧の通過などの天候不良の影響を受けながらの調査となりましたが、鯨類の捕獲調査及び非致死的調査など、ほぼ所定の調査を行うことができました。
@ 日本沿岸域におけるミンククジラのより精緻な捕獲枠算出
A 沖合におけるイワシクジラの妥当な捕獲枠算出
一般財団法人 日本鯨類研究所
日本沿岸から東経170度まで、北緯35度以北の北西太平洋(7WR、7E、8、及び9海区)の一部海域
航海日数: 平成29年6月14日(出港)〜平成29年9月26日(入港) 105日間 (目視採集船)
平成29年6月15日(出港)〜平成29年9月26日(入港) 104日間 (調査母船)
調査日数: 平成29年6月16日(開始)〜平成29年9月23日(終了) 100日間
1)調査員
調査団長 小西 健志((一財)日本鯨類研究所 調査研究部 海洋生態系研究室主任研究員)
(一財)日本鯨類研究所より 他5名の計6名
2)調査船と乗組員数(出港時:調査員を含む)計136名
調査母船 日 新 丸 ( 8,145トン 江口 浩司 船長以下96名)
目視採集船 勇 新 丸 ( 724トン 阿部 敦男 船長以下 18名)
目視採集船 第三勇新丸 ( 742トン 大越 親正 船長以下 19名)
5,307海里(目視採集船2隻の合計)
(調査船団の合計)
イワシクジラ 320群 407頭
ナガスクジラ 59群 75頭
ミンククジラ 56群 61頭
ニタリクジラ 22群 27頭
シロナガスクジラ 12群 20頭
ザトウクジラ 11群 12頭
マッコウクジラ 215群 365頭
シャチ 46群 342頭
イワシクジラ 134頭
ミンククジラ 43頭
イワシクジラ 17頭
シロナガスクジラ 5頭
ザトウクジラ 1頭
イワシクジラ 15頭
シロナガスクジラ 8頭
ザトウクジラ 1頭
シャチ 3頭
調査結果要約
@ 今年度のミンククジラの採集は、調査時期後半の6月中旬から9月下旬にかけて、東経143度から170度までの広い海域で行いました(図2)。 採集した43頭のうち、雄は36頭、雌は7頭でした。 成熟率は雄81%、雌100%と雌雄ともに高い値を示しました(表1)。 ミンククジラは、主に7海区と9海区で採集し、特に9海区では、主に北緯45度以北の海域に広く分布していましたが、高密度海域は確認されませんでした。 採集した全ての個体について生物調査を実施し、日本沿岸域におけるミンククジラのより精緻な捕獲枠算出のために必要となる年齢査定のための耳垢栓を採集しました。 また、日本近海の系群構造のさらなる理解に必要なDNA情報、性別、成熟にかかわる情報を収集しました。
図2. 2017NEWREP-NPの調査コースと採集したミンククジラ及びイワシクジラの発見位置
(●:ミンククジラ、■:イワシクジラ)黒線は通常調査、赤線は特別調査
表1. 採集した標本の性状態組成
A 今年度のイワシクジラの採集は、6月下旬から9月初旬にかけて、東経147度から170度までの東西に幅広い海域で実施しました(図2)。 採集したイワシクジラ134頭は、雄63頭、雌71頭で、雌の割合がやや高く(表1)、また成熟率は雄で76.2%、雌で78.9%であり、雌雄ともに高い値を示しました。 また、RMPの精度向上に必要となる年齢情報を得るための耳垢栓を、全ての個体から採集しました。 今後、得られた年齢情報は同種の資源管理に利用されます。
B 採集された全ての鯨から、汚染物質や環境変化が鯨類に与える影響を調べるための化学分析用の組織標本や胃内容物標本、あるいは様々な部位の計測など、数多くのデータや標本を収集しました(表3)。 これらの調査記録、データ及び採集標本は、今後、様々な分野の研究者により分析及び解析が行われ、研究成果についてはIWCや各分野の学会などで公表される予定です。 また、北西太平洋における鯨類資源の適切な保存及び管理への貢献が期待されます。
表3. 今次調査で実施した生物調査項目と標本の一覧
C 本年調査におけるミンククジラとイワシクジラの胃内容物は、マイワシが卓越し、加えてサバ属魚類やヒメドスイカが主要餌生物として観察されました(表2)。 JARPNIIに引き続き、NEWREP-NPについてもミンククジラとイワシクジラの分布、食性と環境変化の関係について調査・研究を進め、明らかにしたいと考えています。 JARPNII調査の後期に見られなくなったカタクチイワシは本年度でも見られず、本調査海域では明らかに魚種交代が起こっていることを示しています。 また、ミンククジラの主要餌生物であったサンマや、イワシクジラの主要餌生物であったカイアシ類も、今航海ではほとんど見られませんでした。 食性の調査を実施することで、鯨類と他の生物の分布や季節変化などの関連性を理解することが可能となり、鯨類資源管理に貢献します。
表2. 採集した標本の胃内容物組成
D 非致死的調査として、バイオプシー標本採集、衛星標識装着実験、自然標識記録(個体識別用写真撮影)、距離角度推定実験を実施しました。 バイオプシー標本採集は50回行い、イワシクジラ17頭、シロナガスクジラ5頭及びザトウクジラ1頭から標本を採集しました。 今後、採集した標本を用いて、年齢査定や成熟段階を明らかにするための諸解析等に取り組む予定です。 自然標識記録は、シロナガスクジラ8頭、ザトウクジラ1頭及びシャチ3頭に対して実施しました。 これらの調査記録、データ及び採集標本は、今後、様々な分野の研究者により分析及び解析が行われ、来年のIWC/SCなどに報告する予定です。 衛星標識はイワシクジラに44回実験を行い、15頭に装着成功しました。 現在も位置情報を取得している個体もあり、摂餌期間における鯨類の移動経路の解明が期待されます(図3)。
図3. 2017NEWREP-NPにおいて実施した衛星標識によるイワシクジラの追跡
(青は6/25、赤は8/26に装着した個体)
今後の分析でわかること(本調査の科学的貢献)
耳垢栓を用いた年齢査定法は、現在最も信頼性のある方法として評価されており、IWC/SCで幅広く利用されてきました。 NEWREP-NPでは、得られた耳垢栓から年齢査定を行い、このデータをRMPへ導入して精度を向上させることで、より適切な鯨類資源管理の下で捕獲枠算出が可能となります。 このことは、IWCの理念を鑑みても、大きな貢献となることが期待されます。 この他に、RMP運用に必要な鯨類の系群構造理解のための遺伝子データも引き続き蓄積され、新しい解析手法も交えて国内外の研究者により解析が進められています。 イワシクジラにおける今までの標本を用いた研究からは、北太平洋の外洋域において異なる系群の存在を支持するような時空間的な遺伝的分化は見られず、1つの系群で占められることが示唆されています。 また、今回の衛星標識を用いた位置情報を解析することで、移動経路の解明も進める予定です。 IWC/SCでは、今後北太平洋のイワシクジラ資源の詳細評価が行われ、RMPの適用試験が開始されることになりますが、これらの作業にもNEWREP-NPの調査成果が貢献していくと考えています。 また、ミンククジラについては、これまでIWC/SCで行われてきたRMPの適用試験において報告されたJARPN/JARPNIIの調査成果によって北西太平洋に2つの系群が存在する可能性が示唆されていますが、これに加えてNEWREP-NP等の標本を用いた研究から、さらに時空間的な系群構造の解明が進むことが期待されます。 本調査で得られたデータ及び標本は、今後、国内外の研究機関との共同研究等により分析及び解析が行われ、鯨類資源に関する研究の進展に寄与することが期待されます。 研究成果については、詳細をIWC/SCで報告するとともに、関連学会などで発表していく予定です。
これまでの北西太平洋における鯨類捕獲調査の成果とそれに対する科学的評価
2000年から2016年まで行われたJARPNII調査では、鯨類の摂餌生態、環境汚染物質のモニタリング、鯨類の系群構造解明に有用なデータが17年間にわたって蓄積されました。 これらの知見は多分野にわたっており、国内外の研究者にとっても非常に価値あるものとなっています。 2016年にIWC/SCが主催した外部専門家グループによるJARPNII最終レビュー会議では、「JARPNIIにおける調査とその解析のレベルは素晴らしいものであり、クジラの餌選択性と消費量の推定における不確実性の解析は非常に進歩した。 またJARPNIIにより、日本周辺の鯨類における汚染物質の研究が大いに進歩した。 さらに、鯨類の保護と管理に必要な系群構造においても、JARPNIIの調査と研究は大いに貢献した」との高い評価を受けています。 こうした捕獲調査の成果や科学的評価については、当研究所のホームページでも参照できます(http://www.icrwhale.org/Tokubetsukyoka.html)。
(参考) 国際捕鯨取締条約第8条抜粋
1. この条約の規定にかかわらず、締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究のために鯨を捕獲し、殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる。
2. 前記の特別許可書に基づいて捕獲した鯨は、実行可能な限り加工し、また、取得金は、許可を与えた政府の発給した指令書に従って処分しなければならない。
イワシクジラの耳垢栓(年齢査定用) | イワシクジラの胃内容物:マイワシ | イワシクジラの胃内容物:サバ属魚類(マサバ・ゴマサバ) |
イワシクジラの外部形態計測 | イワシクジラへの衛星標識装着・バイオプシー実験 | シロナガスクジラへの自然標識実験 |