本調査は、2014年3月の国際司法裁判所(ICJ)の判決を踏まえて策定され、国際捕鯨委員会科学委員会(以下、IWC/SC)によるレビューを経て最終化された、新南極海鯨類科学調査計画(NEWREP-A)に基づく第二回目の調査であり、一般財団法人日本鯨類研究所が農林水産大臣から許可を受けて実施した。
2016年11月18日より134日間にわたり5隻の調査船を用いて実施し、鯨類の目視情報をはじめ、クロミンククジラ(Antarctic minke whale, Balaenoptera bonaerensis)の生物学的情報、その餌生物であるナンキョクオキアミの資源量および海洋環境情報を収集した。 今回の調査では、南極海第V区の一部において、調査船2隻により、鯨類目視調査に加えて、非致死調査の実行可能性・有用性を検証するために、クロミンククジラからのバイオプシー標本(皮膚の生検標本)採集および同種への衛星標識装着実験を実施し、併せて餌環境調査として計量科学魚群探知機による観測、ネットサンプリング及び採水を含む海洋環境調査を行った。 また、第III区の一部と第IV区ではランダムサンプリングによるクロミンククジラの捕獲調査を実施した。
2016/17年度 新南極海鯨類科学調査(ニューレップ・エイ)
英名:NEWREP-A(New Scientific Whale Research Program in the Antarctic Ocean)
1. RMP(改訂管理方式)を適用したクロミンククジラの捕獲枠算出のための生物学的及び生態学的情報の高精度化
2. 生態系モデルの構築を通じた南極海生態系の構造及び動態の研究
航海日数 134日間(2016年11月18日から2017年3月31日)
調査日数 83日間(2016年12月15日から2017年3月7日)
東経45度から東経165度間の南緯60度以南の海域
(図1:IWC/SCヒゲクジラ管理海区 第III区の一部、第IV区および第V区の一部)
実施主体 一般財団法人日本鯨類研究所
調査員 調査団長 茂越敏弘(同調査研究部室長)以下18名
調査母船 日新丸(8,145トン 江口浩司船長、以下104名)
目視採集船 勇新丸(724トン 阿部敦男船長、以下18名)
目視採集船 第二勇新丸(747トン 大越親正船長、以下19名)
目視採集船 第三勇新丸(742トン 葛西英則船長、以下20名)
目視専門船 第七開洋丸(649トン 五十嵐洋一船長、以下24名)
ライントランセクト法による鯨類目視調査(資源量推定のための目視調査)、距離角度推定実験、自然標識撮影、バイオプシー標本採集、クロミンククジラ衛星標識装着実験、クロミンククジラバイオプシー実行可能性検証実験、発見されたクロミンククジラのランダムサンプリングによる捕獲調査(生物学的情報の収集)、および餌環境調査(計量科学魚群探知機による観測、ネットサンプリング)、ならびに海洋環境調査(CTD観測、採水器による採水、海洋漂流物観察)。
上記の調査手法により、クロミンククジラを中心とした南極海に分布する鯨類の資源動態推定のための目視情報、クロミンククジラの生物学的情報、オキアミ資源量情報、海洋観測情報等を収集した。 鯨類の目視情報では、総探索距離8,603海里(目視専門船および目視採集船の合計:約15,933km)の探索により、シロナガスクジラやナガスクジラをはじめとしたヒゲクジラ亜目6種およびマッコウクジラやシャチなどのハクジラ亜目4種を発見した(表1)。
最も発見の多かった鯨種はザトウクジラ(787群1,533頭)であり、次いでクロミンククジラ(483群875頭)、シャチ(52群457頭)、ナガスクジラ(119群351頭)の順で多かった。 クロミンククジラは主として氷縁周辺に分布していたが、沖合域においても発見された。 ザトウクジラは氷縁から沖合域まで広く分布していることが確認された。
調査海域のうち、第III区の一部と第IV区(東経45度から東経130度の海域)においては3隻の目視採集船および調査母船により、クロミンククジラ333個体(オス155個体、メス178個体)を採集し、鯨体からその生物学的試料を収集した。 収集した生物標本は、主にクジラの年齢査定に必要な耳垢栓と水晶体、栄養状態の判定に必要な脂皮厚、繁殖情報を得る生殖腺、および餌生物種の情報を得るための胃内容物やその他の分析用組織標本である。 得られた鯨体標本の平均体長は8.08m(オス7.83m、メス8.29m)、平均体重6.66t(オス5.95t、メス7.28t)であり、オスは67.1%、メスは70.2%の割合で成熟していた(表2)。 予備的分析から、本種の健全な繁殖力が示唆された。 主要餌生物としてナンキョクオキアミ(171個体)が認められた一方で、氷縁際ではコオリオキアミ(8個体)、沖合域ではThysanoessa属のオキアミ(3個体)も認められた。 付着生物ではフジツボ類がこれまでより多く認められた(付着個体のうち、フジツボ類付着割合17.5%)。
また、鯨類目視調査では、距離角度推定実験において264回の推定誤差補正データを収集したほか、発見された鯨類への自然標識撮影、バイオプシー標本採集および衛星標識装着実験といった非致死調査も実施した。 そのうち、自然標識撮影では個体識別に使用する背鰭や特徴的な部位等の写真撮影を4種(シロナガスクジラ、ミナミセミクジラ、ザトウクジラ、シャチ)、44個体で実施した。 バイオプシー標本の採集では3種(シロナガスクジラ、ミナミセミクジラ、ザトウクジラ)、14個体から皮膚標本の採集を行った(表3)。
クロミンククジラバイオプシー実行可能性検証実験では6個体から皮膚標本の採集を行った。 また、クロミンククジラの回遊経路を調べるため、7個体に対して衛星標識の装着実験を行った(表4)。 そのうち4個体において衛星標識の装着に成功し、最大で2ヶ月以上にわたりクロミンククジラの摂餌期間中の移動経路を記録することが出来た。
餌環境調査では、計量科学魚群探知機を使用したデータ観測により33日間のデータを収集し、オキアミ類などの種確認を目的としたアイザックキット中層トロール(IKMT)によるサンプリングを13回、稚魚ネットによるサンプリングを32回実施した。 また53観測点においてCTD(水温・塩分濃度・クロロフィル・溶存酸素)および6観測点において採水器を用いた採水を実施して海洋環境データを収集した(表5)。
(1) 今期は、反捕鯨団体シー・シェパードが、調査への妨害のため、妨害船を派遣している中での調査となったが、調査船や乗組員の安全を脅かすような妨害を受けることなく、調査計画に基づき調査を進めることができた。
(2) 第V区の一部において、調査船2隻を用いIWCガイドラインに則った目視調査方法により、NEWREP-Aの目的に沿った南極海における鯨類資源の動向や生態系モデル構築に関する重要なデータや試料を収集することができた。
(3) 目視調査からは、シロナガスクジラをはじめ、クロミンククジラ、ナガスクジラ、ザトウクジラ、ミナミセミクジラの複数鯨種が同一海域を利用していること、これら大型鯨種の発見が多いなど、近年の知見と同様の情報が得られた。 さらに、クロミンククジラは南部海域のみならず北部海域でも比較的多く発見された。
(4) 非致死調査の実行可能性・有用性を検証するため、クロミンククジラからのバイオプシー標本(皮膚の生検標本)採集実験や、回遊経路を調べるための同種への衛星標識装着実験をNEWREP-Aに基づき実施した。 特に衛星標識実験ではクロミンククジラ4個体へ標識を装着し、最大2ヶ月以上にわたる位置情報の受信に成功し、同種の調査期間中の移動経路についての知見を得ることが出来た。
(5) 非致死調査ではシロナガスクジラ、ザトウクジラ、ミナミセミクジラ、シャチの自然標識撮影(注1)や、シロナガスクジラ、ザトウクジラ、ミナミセミクジラのバイオプシー標本採集(注2)を実施した。
(6) 餌環境調査としてオキアミ類の資源量把握を目的とする計量科学魚群探知機による観測、2種類のネットによるオキアミ類のサンプリング及び採水器による採水を含む海洋環境調査を実施し、餌生物環境に関する情報を収集、蓄積した。
(7) 致死調査では、第III区の一部及び第IV区全域にわたる幅広い調査海域から、クロミンククジラ333個体の鯨体標本を採集することができた。 すべての採集個体に対して鯨体生物調査を実施し、年齢、繁殖状態および栄養状態に関する生物学的情報および試料を収集した。
(8) 採集したクロミンククジラ333個体のうち雄は155個体、雌は178個体であった。 採集した個体のうち、雄は67.1%、雌は70.2%の割合で成熟していた。 予備的分析から、本種の健全な繁殖力が示唆されている。 また、捕獲した個体に対しては、生物学的及び生態学的情報を明らかにするため、年齢査定に必要な耳垢栓と水晶体、栄養状態の判定に必要な脂皮、繁殖情報を得るための生殖腺、および餌生物種の情報を得るための胃内容物やその他の分析用組織標本を収集した。
(9) 胃内容物餌種の多くはナンキョクオキアミであった一方で、氷縁際でコオリオキアミ、沖合域でThysanoessa属のオキアミが認められた。 また、主に成熟個体に見られる付着生物ではフジツボ類が多く認められた。 これらの結果は、本種の摂餌生態を探る手掛かりになる。
(10) 今回の調査結果は、昨年に続いてNEWREP-Aが充分な調査の実行力に裏付けられていることを実証しており、このことは今期調査の大きな成果の一つといえる。
(11) 今期調査で得られたデータ及び標本は、今後、国内外の研究機関との共同研究により分析及び解析が行われ、鯨類資源に関する研究の進展に寄与することが期待される。 研究成果については、詳細をIWC/SCで報告するとともに、関連学会などで発表していく予定である。
(注1)鯨の個体識別が可能となるような外見上の特徴(模様、ヒレの形状、傷跡等)を写真に記録するもの。
(注2)DNA等を分析するため、鯨の表皮の一部を採取するもの。
鯨類目視調査 目視による鯨類探索 |
非致死調査 自然標識撮影による外見上の特徴記録 (シロナガスクジラ) |
非致死調査 自然標識撮影による外見上の特徴記録 (ミナミセミクジラ) |
非致死調査 自然標識撮影による外見上の特徴記録 (ザトウクジラ) |
非致死調査 自然標識撮影による外見上の特徴記録 (シャチ) |
南極海の鯨類 (ナガスクジラ) |
非致死調査 衛星標識装着実験 (クロミンククジラ) |
非致死調査 バイオプシー標本採集実験 (ザトウクジラ) |
海洋環境調査 (CTDによる海洋観測) |
餌環境調査 (稚魚ネットによるサンプリング) |
餌環境調査 (IKMTによるネットサンプリング) |
餌環境調査 ネットで採集した標本 (ナンキョクオキアミ) |
鯨体生物調査 写真による形態記録 (クロミンククジラ) |
鯨体生物調査 写真による形態記録 (クロミンククジラ) |
鯨体生物調査 写真記録 シャチの噛み跡と思われる傷 (クロミンククジラ) |
鯨体生物調査 プロポーション計測 (クロミンククジラ) |
鯨体生物調査 脂皮厚計測 (クロミンククジラ) |
鯨体生物調査 胃内容物写真記録 (クロミンククジラ) |
鯨体生物調査 胃内容物 ナンキョクオキアミ (クロミンククジラ) |
鯨体生物調査 胃内容物 ナンキョクオキアミ (クロミンククジラ) |
鯨体生物調査 胃内容物 コオリオキアミ (クロミンククジラ) |
鯨体生物調査 分析用組織標本採集 (クロミンククジラ) |
鯨体生物調査 年齢形質採集 耳垢栓 (クロミンククジラ) |
鯨体生物調査 体表の付着生物(フジツボ類) (クロミンククジラ) |
目視採集船 勇新丸 と大氷山 (捕獲調査) |
調査母船日新丸 (捕獲調査) |
南極海の自然現象 調査船上で観察された オーロラ |