2015年度第二期北西太平洋鯨類捕獲調査（JARPNII）
－日新丸調査船団による沖合域調査航海を終えて－

平成27年8月24日
一般財団法人日本鯨類研究所

(1) 経緯

第二期北西太平洋鯨類捕獲調査(JARPNII：通称　ジャルパン・ツー)は、日本政府からの特別許可を受けて、2000年から実施している調査です。
この調査の目的は、鯨類が消費する餌生物の種類や量、鯨類の餌生物に対する嗜好性などを調べて鯨類の摂餌生態を解明するとともに、それらの相互関係を基にした生態系モデルの構築を進めて、鯨類を含む日本周辺の水産資源の包括的管理に貢献することにあります。
これまでにJARPNIIで収集されたデータおよび標本に基づく調査・研究の結果については、2009年1月にIWC/SCが主催した専門家グループによる評価会議において審議され、高い評価を受けました。その報告書は、2009年6月に開催されたIWCの科学委員会において報告されています。現在のJARPNIIは、それらの議論を踏まえた調査の改善を可能な限り取り入れて、実施しています。
尚、昨年3月の国際司法裁判所（ICJ）による第二期南極海鯨類捕獲調査（JARPAII）の判決を考慮して、昨年のJARPNIIより対象鯨種及び標本採集頭数等を限定して、バイオプシー標本や糞採集などの非致死的調査を拡充して実施しています。

(2) 調査概要

本年度の沖合域調査は、霧の多発や台風の通過などの天候不良の影響を受けましたが、75日間の調査期間中に計画通りの捕獲調査および非致死的調査を行うことが出来ました。また、本年の調査では、12.に示すような興味深い鯨類の摂餌生態に関する情報を得ることが出来ました。

1. 調査目的

(1)　鯨類の摂餌生態、生態系における役割の解明
(2)　鯨類及び海洋生態系における海洋汚染の影響の把握
(3)　鯨類の系群構造の解明

2. 実施機関

一般財団法人日本鯨類研究所

3. 調査海域

日本沿岸から東経170度まで、北緯35度以北の北太平洋(7、8、及び9海区)の一部海域

図１．今次調査の調査海域

4. 航海日数及び調査日数

航海日数：　平成27年6月11日（出港）～平成27年8月24日（入港） 75日間
調査日数：　平成27年6月13日（開始）～平成27年8月18日（終了） 67日間
*　この他に第二昭南丸が、6月9日から8月7日の60日間、目視調査を実施。

5. 船団構成
１）調査員

調査団長　坂東　武治（(一財)日本鯨類研究所調査研究部　鯨類生物研究室長）
(一財)日本鯨類研究所より　坂東　武治　以下8名

２）調査船と乗組員数（出港時：調査員を含む）

調査母船日　新　丸（ 8,145トン　江口　浩司船長以下97名）
目視採集船勇　新　丸（ 724トン　佐々木　安昭船長以下 18名）
目視採集船第二勇新丸（ 747トン　　阿部　敦夫船長以下 19名）
目視専門船(多目的船) 第二昭南丸（ 712トン　小川　知之船長以下 19名）

6. 総探索距離

1,762浬　（目視採集船2隻の合計）

7. 主な鯨類の発見数

　(捕獲調査船団の一次及び二次発見の合計)
イワシクジラ 198群　265頭
ニタリクジラ 119群　156頭
ミンククジラ 3群　3頭
マッコウクジラ 72群　128頭
シロナガスクジラ 20群　24頭
ナガスクジラ 58群　69頭
ザトウクジラ 1群　1頭

8. 標本採集数

イワシクジラ　90頭
ニタリクジラ　25頭

9. 自然標識記録（個体識別用写真撮影）

シロナガスクジラ　 1頭

10.バイオプシー標本採集数

イワシクジラ　16頭
ニタリクジラ　33頭
ミンククジラ　2頭
シロナガスクジラ　2頭
ナガスクジラ　3頭

11.糞標本採取数

イワシクジラ　2頭

12. 本年度の捕獲調査結果要約

(1) 今年度のイワシクジラの採集は、6月下旬から8月中旬にかけて行われました。採集は東経155度から170度を中心に行われ、東西の幅広い海域から標本が採集されました（図2）。採集したイワシクジラ90頭のうち、雄は29頭、雌は61頭であり、例年に比べて雌の割合が高くなりました（表1）。雄の成熟率は65.5％であったのに対し、雌の成熟率は75.4％と高い値を示しました。 46頭の成熟雌中29頭は妊娠しており、成熟雌中の妊娠雌の割合は67.8％と例年同様に高い値を示していました。胃内容物はカイアシ類やオキアミ類などの動物プランクトンから、イカ類、マイワシ、サバ科魚類（マサバ、ゴマサバ）、サンマなどの表層性群集魚類まで、広範な餌生物種が認められました（表2）。近年の調査において、本種の主要餌生物がカタクチイワシからサバ科魚類（マサバ・ゴマサバ）に移行しつつありましたが、本年の調査では初めてマイワシが卓越した主要餌生物となりました。近年の研究によりカタクチイワシ資源の低下と分布域の縮小が明らかにされていることから、イワシクジラの主要餌生物種の変化もこれを反映しているものと考えられます。さらにイワシクジラの分布、食性と餌環境の変化について調査・研究を進め、その要因について明らかにしたいと考えています。

図２．2015JARPNIIの調査コースと採集したイワシクジラ及びニタリクジラの発見位置（■：イワシクジラ、◆：ニタリクジラ）。黒線は通常調査、青線は特別調査

表１．採集した標本の性状態組成

表２．採集した標本の胃内容物組成

(2) 今年度のニタリクジラの採集は、調査時期前半の6月中旬から下旬にかけて行われました。採集は東経145度から155度までを中心に行われました。採集した25頭のうち、雄は14頭、雌は11頭でした。性成熟率は雄78.6％、雌81.8％と高い値を示しました。成熟雌9頭中4頭が妊娠しており、妊娠個体の割合は44.0％でした（表1）。胃内容物はイワシクジラと異なり、オキアミ類のみが認められました。例年観察されているカタクチイワシが出現しなかった事は、近年観察されているカタクチイワシ資源の低下と分布域の縮小を反映しているものと考えられます。さらにニタリクジラの分布や食性と餌環境の変化について調査・研究を進め、その要因を明らかにしたいと考えています。

(3) 採集されたすべての鯨から、鯨の年齢査定に必要な耳垢栓や水晶体、栄養状態・健康状態の判定に必要な脂皮厚計測や組織、食性研究のための胃内容物標本、化学分析用の組織標本など、数多くのデータや標本を収集しました（表3）。これらの調査記録、データ及び採集標本は、今後、様々な分野の研究者により分析及び解析が行われ、研究成果については国際捕鯨委員会（IWC）や各分野の学会などで公表される予定です。また、北西太平洋における鯨類資源の保存及び管理に資する科学的知見の蓄積・増進に役立てられます。

表３．今次調査で実施した生物調査項目と標本の一覧

(4) 非致死的調査として自然標識記録（個体識別用写真撮影）、バイオプシースキン標本採集実験、脱糞行動の観察及び糞回収実験、距離角度推定実験を実施しました。自然標識記録については、シロナガスクジラ1頭に対して実施しました。バイオプシースキン標本採集は76回実験を行い、イワシクジラ16頭、ニタリクジラ33頭、シロナガスクジラ2頭、ナガスクジラ3頭及びミンククジラ2頭から標本を採集しました。今後、採集した標本を用いて、系群構造や食性を明らかにするための諸解析等に取り組む予定です。脱糞行動の観察は合計約80時間費やし、イワシクジラ259頭、ニタリクジラ147頭、ミンククジラ2頭に対してそれぞれ51.6時間、27.4時間、0.9時間の観察を行いました。イワシクジラでは脱糞行動の観察が6例あり、そのうち2例で糞を採集しました。ニタリクジラでは、脱糞行動の観察が1例ありましたが、糞の採集はできませんでした。ミンククジラでは、脱糞行動が観察されませんでした。これら非致死的調査の調査記録、データ及び採集標本は、今後、様々な分野の研究者により分析及び解析が行われ、研究成果については来年の国際捕鯨委員会（IWC）などで公表される予定です。

13. これまでの北西太平洋における鯨類捕獲調査の成果とそれに対する科学的評価

JARPN及びJARPNIIでは、鯨類の摂餌生態、環境汚染物質のモニタリング、鯨類の系群構造解明に有用なデータが継続的に得られています。これらの知見は多分野にわたっており、国内外の研究者にとっても非常に価値あるものとなっています。2009年1月にIWC/SCが主催した外部専門家グループによる評価会議では、JARPNIIについて、「JARPNIIの調査において鯨類の餌に対する習性や摂餌嗜好に関するデータを収集するための著しい努力およびそれらデータや情報の全般的な高品質（を評価する）。捕獲調査計画は複数の調査船およびプラットフォームにわたって、全般的によく調整されており、また、多くの学問領域にわたるデータを高い水準で同時に収集されたことは賞賛に値する。これら努力の成果として得られた貴重なデータセットはJARPNII調査計画の目的にとどまらない、幅広い課題に関する一斉解析作業を潜在的に可能にするものである。」との高い評価を受けています。

こうした捕獲調査の成果や科学的評価については、当研究所のホームページでも参照できます（http://www.icrwhale.org/JARPNSeika.html）。また、今までの調査結果については、来年の2月頃に開催予定になっているIWC/SC主催のレビュー会議で議論される予定です。

14. これまでの調査から分かったこと及び今後の分析でわかること（本年の調査の科学的貢献）

鯨類捕獲調査では、鯨類の餌消費量、餌嗜好性など、生態系モデルの構築に必要な知見を得るためのデータが継続的に蓄積されています。 2000-2007年のJARPNII調査で得られた鯨類の餌消費量、餌嗜好性などの情報を用いて構築した生態系モデルにより、鯨類の捕獲がカタクチイワシ、サンマ、サバ科魚類（マサバ、ゴマサバ）などの日本の漁業資源に与える影響を評価した研究成果が上記の評価会議に提出されました。この報告から、JARPNIIで得られたデータにより、鯨が日本の漁業資源に与える影響を評価できる可能性が示されました。また近年これまで調査対象鯨類の重要な餌生物であったカタクチイワシがサバ科魚類（マサバ、ゴマサバ）やマイワシに変わりつつあり、これら鯨類の食性をモニタリングすることにより、魚種交替現象とそれに対する鯨類の摂餌戦略の変化の解明が期待されます。今後さらにデータを蓄積し、より精度の良い鯨類による餌消費量の推定を行うことは、北西太平洋の漁業資源を管理するためにも重要です。

この他に鯨類の遺伝データも蓄積され、系群構造の検討が国内外の研究者により進められています。日本側の研究からは、イワシクジラ、ニタリクジラともに標本中に異なる系群の存在を支持するような時空間的な遺伝的分化が見られず、北西太平洋は１つの系群で占められることが示唆されました。これらの成果はIWC/SCで現在及び過去に行われたニタリクジラの管理改訂方式（RMP）の適用試験においても貢献しています。また、イワシクジラにおいても、北西太平洋における鯨類資源の保存及び管理に不可欠な情報として貢献しています。

（参考）　国際捕鯨取締条約第８条（抜粋）

１．この条約の規定にかかわらず、締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究のために鯨を捕獲し、殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる。

２．前記の特別許可書に基づいて捕獲した鯨は、実行可能な限り加工し、また、取得金は、許可を与えた政府の発給した指令書に従って処分しなければならない。

　　
左：摂餌中のイワシクジラ、中：イワシクジラへのバイオプシー採集実験、右：イワシクジラの胃内容物採集風景（サバ科魚類）