第二期南極海鯨類捕獲調査事業(JARPAII)は、国際捕鯨取締条約(ICRW)に基づき、日本政府の特別許可のもと、一般財団法人日本鯨類研究所が合法的に実施している調査活動である。
JARPAIIは2005/06年以来、国際指名手配を受けているポール・ワトソン容疑者(注1)が米国で設立した環境テロリスト組織(注2)シーシェパード・コンサベーション・ソサイアティ(以下SS)から、毎年、人命に危険を生じる襲撃を受け続けている。 今次調査(2013/14JARPAII)においても、SSはオランダ船籍の妨害船スティーブ・アーウィン号(以下SI号)、ボブ・バーカー号(以下BB号)及びサム・サイモン号(以下SmS号)の3隻と、オーストラリア登録のヘリコプター1機を率いて調査船団を執拗に追航し、衝突の危険のある距離に接近して調査船の安全航行を妨害した。 さらには調査船の推進器破壊を狙った装置を海中に多数投入、信号用ロケット弾多数を調査船めがけて水平発射するなどの武力行為を繰り返し、ついには妨害船BB号を調査船第三勇新丸に体当たりさせ、外板に破孔を生じる損傷を与えるに至った。
今回のSSの行為は、それ自体非難されるべき「過激な抗議活動」であり、法治国家で構成される国際社会はこのような組織の活動を決して容認してはならない。
今次調査においては、調査期間70日間のうち、SSの妨害により、延べ18日の調査活動中断を余儀なくされた。
注1.ポール・ワトソン(Paul Watson)容疑者は、環境保護団体グリーンピースを設立したメンバーの一人で、1977年にSSを分派した。 現在、我が国の鯨類捕獲調査事業に対して行った犯罪容疑などにより国際刑事警察機構(INTERPOL)から国際逮捕手配(赤手配)されている。 昨年、過去にコスタリカでおこした犯罪容疑による逮捕状に基づきドイツで逮捕されたが、保釈中に密出国して逃亡した。 現在も、日本およびコスタリカ両国の手配による国際指名手配犯である。 今次調査期間中、ワトソンは米国内で活動している様子が公にされているが、現在のところ米司法当局による逮捕は行われていない。
注2.SSは環境保護団体を自称しているが、その過激な活動から米国連邦捜査局(FBI)は、2002年の議会報告で、彼らの活動から環境テロリズム(eco-terrorism)が広がったと述べた。 また、今年の2月25日、米国の第九巡回裁判所は、日本鯨類研究所と共同船舶が求めていたSSの妨害差止の仮処分を認める判断を下した際、SSの行為は「私的目的の暴力行為の明確な事例で、まさに海賊行為を具現化したものである」と判決文で述べた。
SSは2005/06年以来、調査船団に対して一方的に武力攻撃を行ってきた。その手段については主に以下のようなものがある。
プロップファウラー(Prop fouler :推進器破壊装置)
装置の名称はSS自身が名付けたもの。 プロペラに絡ませるためのロープに鋼製ワイヤー・鉄パイプ・最大重量35Kgにも及ぶ鉄塊・フロート類などを組み合わせた装置を、調査船の船首直前で海中投入するもの。 調査船はこれにより一時航行不能となった例がある。
体当たり
妨害船の船体を意図的に調査船に衝突させるもの。 危険性は極めて大きい。 外板破孔からの浸水や衝突の衝撃による転覆によって多数の人命が失われる恐れがある。 調査船は過去に複数回の体当たりを受けている。 また、ワトソン以下SSメンバーは日新丸のスリップウェーに対して体当たりを敢行する用意があると度々公言している。
酪酸
ガラスビンに封入し、高圧ガス銃などによって調査船や調査船員に向けて撃ち込まれる。 人体に有害な化学薬品であり、重度の化学熱傷や視力喪失を生じる。高速で射出される、 重量のあるガラスビン自体も危険であり、人に直撃すれば殺傷能力があると推測される。 JARPAII船団では過去8名の負傷者が出ている。
高出力レーザー光線
調査船員の眼球を狙って照射されるもので、失明の危険がある。
発火装置
調査船内に投擲された後、高温の炎を吹き上げて燃焼する。船舶火災に直結する非常に危険なものである。 またこの装置は鉄製の鈎爪によって投擲対象に固着する機能を持ち、調査船員の身体に投擲された場合、人命にかかわる火傷を負う可能性がある。
ロケット弾
信号用ロケット弾(火箭)、救命索発射ロケットなどを調査船に向けて水平発射するもの。 前者は高温で燃焼するもの、後者は重量のある金属弾頭を持つもので、調査船員を直撃した場合には人命にかかわる大怪我をすることは容易に推測される。
上記のようなSSによる危険な攻撃手段に対して、調査船は退避する以外の有効な自衛手段を持たなかった。 また、我が国の司法管轄権の及ばない公海上で行われる犯罪であるため、日本鯨類研究所と共同船舶は、2011年12月に米国ワシントン州の連邦地方裁判所に対し、SSとワトソンを相手取って妨害の差し止め請求を起こすとともに仮処分の申し立てを行っていた。
同連邦地方裁判所は2011年3月にこの仮処分の申し立てを却下したため、我々はこれを不服として再審議の申し立てを行い、2012年12月に同巡回裁判所は仮処分命令を発出した。 これにより、被告であるSSは、公海を航行するJARPAII調査船から500ヤード(約457メートル)以内に近づいてはならず、また物理的攻撃を行うこと、またそれらの船舶の安全な航行を脅かすような方法で航行することを禁じられた。 しかし、昨年度調査2012/13JARPAIIにおいて、SSはこの決定を無視して調査船団に接近し、タンカーとの給油作業を準備中の調査母船に体当たりするなど、非常に危険な行為を継続した。 このため、日本鯨類研究所と共同船舶は、SSの各妨害行為について控訴裁判所に法定侮辱罪の申し立てを行っている。
今次の調査では、米国裁判所の仮処分命令の遵守をSSに求めるための警告メッセージの船外放送、船体衝突を避けるためのマーカーを調査船船尾から曳航する警告手段(接近警告用安全ブイ)の準備、抑止力としての水産庁監視船の派遣及び海上保安庁警乗隊の乗船等の対策を行って、今次調査事業を実施することとした。
以下、略語はNM:日新丸、YS1:勇新丸、YS2:第二勇新丸、YS3:第三勇新丸、SM2:第二昭南丸である。
調査船団を妨害するSS船を監視するため、水産庁監視船SM2が1月5日に発見したSI号に同行していたところ、1月10日午前7時8分(日本時間)頃、SSは上述の米国第九巡回裁判所による仮処分命令を無視して、SI号から発進させたボート2艇をSM2の500ヤード以内に侵入させ、プロップファウラー(プロペラ絡索用ロープに鋼製ワイヤー、フロート、鉄錘などを装着したもの)を13本、SM2船首直前から海中投入した。
SI号とBB号は1月24日にJARPAII船団を捕捉、NMを追航していたが、2月1日午前6時34分(日本時間)SI号は上述の米国第九巡回裁判所による仮処分命令を無視してNMの500ヤード以内に侵入した。 NM船長はSI号に対して、米国裁判所命令に従い船団各船から500ヤード以内に入らないように無線で警告を行ったところ、SI号からは、その命令には従わない旨、返答があった。 翌2月2日にはSI号、BB号共にNMの500ヤード以内に度々侵入し始めたため、NM船長は両船に対して再度警告、その後SS両船がNMに衝突する危険を排除するため、YS1、YS2、YS3は接近警告用安全ブイを船尾から曳航し、SS船とNMの間に占位して接近を牽制したところ、SS両船はボート3艇を発進させてYS1、YS2、YS3を攻撃、各船の船首直前でプロップファウラーを海中に投入、BB号からは信号用ロケット弾(火箭)4発をYS1とYS2に向かって発射した。 そして同日4時51分(日本時間)YS3がBB号の右舷側を追い越そうとしていたところ、BB号は明確に体当たりを企図した右転操舵を行い、BB号右舷船首をYS3左舷船尾に衝突させた(写真1)。 これによりYS3は外板に破孔を生じる損傷を負ったが、幸いにして人的被害は生じず、その後船体には応急溶接補修を施して、通常の航行に支障のない状態に復旧している。
2月23日午前2時38分(日本時間)ロス海にて航行中の船団上空にSI号搭載ヘリが飛来した。 NMの位置を確認したSSはNMに向けてSI号、BB号、SmS号を急行させてきた。 NMは直ちに避航開始したが、速度に優るBB号に追いつかれた。 BB号はなおもNMに接近してきたため、同日17時32分、YS1及びYS3はBB号へ無線にて接近警告を行ったが、BB号はNMへの接近を止めなかったため、YS1、YS3両船は接近警告用安全ブイを曳航し、NMとBB号の間に占位した。 BB号はボート2艇を発進、またしても米国裁判所命令を無視してYS1、YS3の500ヤード以内に侵入させ、プロップファウラーをYS1へ14本、YS3へ12本投入した(写真2、5、6)。 これにより両船共にプロペラに絡索し、特にYS3はプロップファウラーに連結されていた重量15Kgもの鋼製の物体を巻き込んだため、舵などに損傷を受けた。 また、BB号からは信号用ロケット弾計13発が水平発射され、調査船員は危険にさらされたが、幸い人的被害は生じなかった(写真4)。
3月2日8時12分(日本時間)、ロス海で調査活動中の船団上空にSI号搭載ヘリが飛来した。NMの位置を確認したSSはNMに向けてSI号、BB号を急行させてきた。 NMは直ちに避航開始したが、BB号(2月23日に船団を襲撃した後、2月24日以降はYS3が追航監視していた)はSSヘリからの誘導によりNMを真っ直ぐ追ってきたため、次第に距離が接近してきた。 調査船団は避航するNMの後方でBB号の接近を阻止するため、同日15時15分、YS1とYS3は無線にてBB号へこれ以上危険な距離に接近しないよう警告、自衛のため接近警告用安全ブイを曳航した。 しかしBB号はまたしても米国裁判所命令を無視してYS1、YS3の500ヤード以内に侵入、接近警告用安全ブイの示す、衝突の危険性の極めて大きい距離にまで異常接近を繰り返した(写真7)。 またBB号から発進したボート2艇は接近警告用安全ブイの曳航索を切断しようとした(写真8、9)。 YS1、YS3の2隻が、高速でNMに接近するBB号の前方で警戒に当たったため、NMはかろうじてBB号から退避することが出来たが、YS1とYS3はその間、BB号に衝突の危険のある異常な近距離まで度々の接近を受け、調査船員は非常な危険を感じた。
今次調査は、2014年1月3日から、3月13日までの70日間実施したが、その内の延18日間をSS船からの妨害回避行動に費やさざるを得なかった。 このため、当初の予定していた調査海域の内、未調査となった部分が多く発生した(「2013/14年第二期南極海鯨類捕獲調査(JARPAII)の調査結果について」を参照のこと)。 調査船の内、最も被害の大きかったYS3はBB号の体当たりにより、船体に破孔を生じる損傷を受けており、またプロペラにはプロップファウラーの一部が絡んだままとなっているが、幸いにも人的被害は無く、4月5日に船団全船日本へ帰港した。
写真
これらの写真及び動画は、以下の(財)日本鯨類研究所ウェブサイトからも入手可能です。
http://www.icrwhale.org/gpandseaJapane.html
(左)写真1 2014.02.02撮影 調査船第三勇新丸の左舷船尾に体当たりするシー・シェパード妨害船ボブ・バーカー
(右)写真2 2014.02.23撮影 調査船勇新丸船首直前にロープを投入するシー・シェパード妨害船所属ゴムボート
(左)写真3 2014.02.23撮影 調査船勇新丸船首直前にロープを投入するシー・シェパード妨害船所属ゴムボート
(右)写真4 2014.02.23撮影 調査船勇新丸に向けて信号ロケット弾を発射するシー・シェパード妨害船ボブ・バーカー
(左)写真5 2014.03.02撮影 調査船勇新丸に異常接近するシー・シェパード妨害船ボブ・バーカー
(右)写真6 2014.03.02撮影 調査船勇新丸が曳航する警告用ブイ付きのロープを切断しようとするシー・シェパード活動家(1)
写真7 2014.03.02撮影 調査船勇新丸が曳航する警告用ブイ付きのロープを切断しようとするシー・シェパード活動家(2)