当研究所は日本政府からの調査実施許可と財政支援を受けて、1987/88年から2004/05年の18年間にわたり、鯨類の持続的利用の達成に資することを目的として南極海鯨類捕獲調査(JARPA)を実施し、南極海のクロミンククジラ資源に関する膨大な科学的情報を収集して、多大な成果をあげた。
JARPAで得られたデータの解析から、南極海生態系がナンキョクオキアミを鍵種とする単純な構造をもち、オキアミを巡ってヒゲクジラ類の間で競合関係があること、さらに、初期の商業捕鯨による乱獲で低水準にあったザトウクジラ、ナガスクジラ等の資源も、商業捕鯨モラトリアム導入以前から実施されて来た資源保護により、近年では目覚ましい回復傾向を示していることが明らかとなった。
これらの調査結果は、いずれも、ヒゲクジラ類の資源を適切に管理していくためには、単一鯨種ごとに資源動態の解析やその将来予測を行うのではなく、南極海生態系の構成員としての鯨類の役割を明らかにし、鯨種間関係も併せて総合的に考える必要のあることを示唆している。
JARPAの結果を受けて、我が国は鯨類を中心とした南極海生態系のモニタリングを行うとともに、適切な鯨類資源管理方法の構築に必要な科学的情報を得るために、第二期南極海鯨類捕獲調査(JARPAII)を実施することを決定した。当研究所は、日本政府からの調査実施許可と財政支援を受けて、JARPA に引き続き2005/06年から2回の予備調査を経て、2007/08年から本格調査を開始した。
JARPAIIの調査目的は、(1) 南極海生態系のモニタリング、(2) 鯨種間競合モデルの構築、(3) 系群構造の時空間的変動の解明、(4) クロミンククジラ資源の管理方式の改善である。JARPAIIは、致死的調査と非致死的調査手法を組み合わせた、南極海における総合的な鯨類調査である。
今次調査は、2回の予備調査を含めJARPAII7回目の調査であった。今次も、暴力的な反捕鯨団体であるシーシェパードによる執拗な妨害活動を受けたが、調査途中で帰還を余儀なくされた昨年とは異なり、調査海域において計画通りの調査日数を消化することができた。 しかし調査日数66日間のうち、妨害船の回避に延15日を費やすこととなり、天候にも恵まれなかったため、実質の調査日数は延44日であった。 このため、予定されていた調査海域の全域をカバーすることはできず、特にロス海の南部海域やその第VI区西の北側海域はほとんど調査できなかった。 また、当初計画していた資源量推定を目的とした広域目視調査は、全く実施できなかった。
一方で、近年(2009/10年及び2010/11年JARPAII)の調査妨害のために標本が不足していた第V区西の南部海域で100頭近い標本の採集に成功し、調査目的の大きな課題の一つであるクロミンククジラの東インド洋系群(I系群)および南西太平洋系群(P系群)の分布状態や混合率についての知見が得られることが期待される。
また、衛星標識を初めて2頭のミナミセミクジラに装着したほか、ミナミセミクジラやザトウクジラからの自然標識撮影やバイオプシー採取など、非致死的調査のデータの収集にも成功した。 今後、ミナミセミクジラをはじめとする大型ヒゲクジラ類の回遊に関する貴重な情報が供されるものと期待される。
妨害による調査への影響を極力少なくすることと、昨年妨害によってほとんど調査できなかった海域の補完を目的として、南緯62度以南、東経130度以東、西経145度以西を捕獲調査海域とした。 しかし、妨害からの回避行動のため、調査活動はしばしば中断せざるを得ず、このため第V区西の海域と第VI区西の南部海域においては、ある程度の調査活動を行うことができたが、予定されていた第V区東(東経165度以東、西経170度以西)の海域は、ほぼ未調査となった(図1)。
航海日数: 平成23年12月6日(出港)〜平成24年3月31日(入港) 117日間
調査日数: 平成24年1月1日(調査開始)〜平成24年3月6日(終了) 66日間
調査団長 松岡 耕二 ((財)日本鯨類研究所 調査研究部観測調査研究室長) 以下9名
(4)調査船と乗組員数(入港時:調査員を含む):調査母船 日新丸 (8,044トン 小川 知之船長 以下108名)
調査船 勇新丸 (720トン 廣瀬 喜代治船長 以下18名)
調査船 第二勇新丸 (747トン 三浦 敏行船長 以下17名)
調査船 第三勇新丸 (742トン 佐々木 安昭船長 以下17名)
合計 160名
3,040.4 浬(往復航の目視調査は含まず)
(6)主な鯨種の発見数(一次及び二次発見の合計):
クロミンククジラ 284群 684頭
シロナガスクジラ 9群 12頭
ナガスクジラ 11群 31頭
イワシクジラ 4群 8頭
ザトウクジラ 112群 208頭
ミナミセミクジラ 7群 7頭
マッコウクジラ 18群 18頭
ミナミトックリクジラ 3群 8頭
アカボウクジラ科鯨類 21群 25頭
シャチ 21群 338頭
ダンダラカマイルカ 1群 3頭
クロミンククジラ:266頭 (オス:99頭,メス:167頭)
ナガスクジラ:1頭 (メス:1頭)
シロナガスクジラ:5頭、ミナミセミクジラ:4頭、ザトウクジラ:6頭
(9)バイオプシースキン標本採取数 :ミナミセミクジラ:4頭、ザトウクジラ:2頭
(10)排泄物及び吐き戻し観察:排泄物の観察:ナガスクジラ1頭、遊泳中の吐き戻し:観察無し
(11)衛星標識装着:クロミンククジラ:1頭、ミナミセミクジラ:2頭
(12)海洋観測:XCTD(鉛直水温・塩分情報):9点
(13)捕獲調査結果要約:
・捕獲したクロミンククジラ266頭のうち雄が99頭、雌が167頭で、標本に占める雌雄の割合は雌の方が高かった(雄37.2%、雌62.8%)。成熟率は、雄が73.7%、雌が64.1%で、成熟雌に占める妊娠個体の割合は92.5%であった。
妊娠個体を含む成熟雌107頭のうち泌乳が見られたのは、1頭に過ぎなかった。
また、捕獲した未成熟個体86頭の胃内容から乳は確認できなかったことから、離乳前の個体は本調査海域には分布していないことが示唆された。
・捕獲したクロミンククジラの性成熟をみると、第V区西や第V区東の北部海域では未成熟個体が卓越(それぞれ88.9%、70.0%)していたのに対し、第VI区西の南部海域では成熟妊娠雌が卓越(61.5%)しており、第VI区には成熟した雌が集中する一方、ロス海の外側では未成熟の雌雄及び成熟雄が多く、海区によって性成熟組成に違いが見られた。
・捕獲したクロミンククジラの雌の高い妊娠率は例年と同様であり、クロミンククジラの繁殖状況が健全であることを示唆していた。
・ナガスクジラは、発見があった11群31頭から1頭(雌、体長18.34m、体重36.63tの未成熟雌個体)を捕獲した。この個体はナンキョクオキアミを捕食していた。これらの生物学的データは、過去の南極海鯨類捕獲調査で採集された個体と併せて、南極海生態系解明のための貴重な資料となる。
・採集されたすべての鯨から、鯨の年齢査定に必要な耳垢栓や、栄養状態・健康状態の判定に必要な脂皮厚、寄生虫の寄生状態など、数多くのデータや標本が得られた。これらの調査記録、データ及び採集標本は、今後、様々な分野の研究者により分析及び解析が行われ、鯨類資源に関する研究の進展に寄与することが期待される。
研究成果については、国際捕鯨委員会(IWC)や各分野の学会などで公表される予定である。
・調査期間を通じて、種を判定できた鯨種は10種類で、ヒゲクジラ類はクロミンククジラ、シロナガスクジラ、ナガスクジラ、イワシクジラ、ザトウクジラのナガスクジラ科鯨類とミナミセミクジラの6種類を確認した。また、ハクジラ類ではマッコウクジラ、ミナミトックリクジラ、シャチ、ダンダラカマイルカの4種類を確認した。
・鯨種別の発見群頭数では、ヒゲクジラではクロミンククジラ(全発見の合計で284群684頭)が圧倒的に多く、ザトウクジラ(112群208頭)がこれに続いた。捕獲対象種であったナガスクジラの発見は少なかった(11群31頭)。ハクジラ類ではシャチ(21群338頭)が最も多く、次いでマッコウクジラ(18群18頭)が多かった。
・第VI区西の南部海域で発見された鯨類の大半が、クロミンククジラであった。
ザトウクジラは、第V区西の海域で発見が多かった。
また、この海域では、南緯65度以南ではクロミンククジラが卓越し、ザトウクジラとナガスクジラは氷縁より沖合に分布し、3種の分布域が明確に異なっていた。
・シロナガスクジラ(9群12頭)は、氷縁付近を中心に調査海域に広く分布していた。
・ミナミセミクジラ(7群7頭)は、東経130−135度の狭い範囲で発見があった。
・シャチは、第V区西と第VI区西の海域で大きな群れを形成していた(21群338頭)。
・衛星標識を初めて2頭のミナミセミクジラに装着した。現在電波の発信状況を確認中である。
継続した受信に成功すれば、ミナミセミクジラの回遊に関する貴重な情報が得られるものと期待される。
日本が実施しているJARPAIIは国際捕鯨取締条約(ICRW)に基づくものであり、完全に合法的な調査活動である。暴力的な反捕鯨団体シーシェパードが行っている妨害活動はこの調査活動に従事する乗組員の生命・財産および船舶の安全を脅かすものであり、このような執拗で危険極まりのない違法行為は決して許されるべきものではない。
今次調査でのシーシェパードによる妨害活動の概要については「2011/12年第二期南極海鯨類捕獲調査(JARPAII)−妨害行動の概要−」を参照されたい。また当研究所のホームページでも写真、ビデオ映像及び当研究所のプレスリリースを見ることができる。
これは捕鯨の是非に関する問題ではなく、海上の安全・暴力行為に関する問題であり、IWCメンバー国の立場もこの点で一致している。
シーシェパードによる妨害行為は、IWCにおいて捕鯨に対する各国の立場にかかわらず非難されており、シーシェパードを名指しで非難した声明も全会一致で繰り返し採択されている(海上での安全に関する声明: 2008年IWCの将来に関する中間会合、https://iwc.int/intersession08、海上での安全に関する決議:2011年第63回国際捕鯨委員会決議2、http://iwcoffice.org/meetings/resolutions/Resolution2011-2.pdf)。
シーシェパードによる妨害活動に関しては、国際海事機関IMOでも問題視されている。IMO海上安全委員会は決議MSC 303(87)を採択し、海上での示威活動で意図的に人命を危険に晒す行為を非難している。
しかし、オランダ政府は、シーシェパードの船舶に対して船籍を与えているにもかかわらず、自国の船舶による暴力行為を今年も止めることができなかった。さらにオーストラリア政府及びニュージーランド政府は、シーシェパードの極めて危険な暴力行為を非難することもなく、彼らの船の出入港に際しては便宜を与え続けている。
こうした、シーシェパードの違法行為を事実上容認する行為や、そのような違法行為によって生じた結果を歓迎する姿勢は、エコテロリズムを推進しているものと言わざるを得ない。これら3カ国が国際社会の一員であるとするならば、国際法の定めに則り、その責任を果たすよう、あらゆる手段を講じ、シーシェパードの犯罪行為に対しては厳正に対処することを重ねて、強く要請する。
JARPAとJARPAIIの成果により、私たちは南極海の鯨類の資源状態や鯨類生物学に関して多くの科学的な知見を持ち得ることとなり、試資料は年々蓄積され、増加している。
これらの知見は多分野にわたっており、国内外の研究者にとって非常に価値のあるものとなっている。
その一つとして調査対象であるクロミンククジラの栄養状態が年々悪くなっている傾向が示されており、その理由として1.同じような餌生物を利用しているヒゲクジラ類(特に資源回復が目覚しいザトウクジラやナガスクジラ)の増加によって種間競合が生じている、2.主な餌生物であるナンキョクオキアミが地球温暖化などの影響で減少している、などが考えられている。
一方で、今次調査でも明らかになっているように、クロミンククジラの見かけ上の妊娠率は92.5%と高く、また調査海域における目視調査から推定されている資源量も変動はあるものの減少傾向は示されていない。
従って、クロミンククジラの餌環境は年々悪くなってきてはいるが、妊娠率や個体数の減少までは引き起こしてはいないと予測される。
これらのことは、数回の調査でわかることではなく、長期間の調査から得られたデータによって、初めて明らかになることであり、長期モニタリング調査の重要性を示すものである。
IWC科学委員会はこれら南極海での鯨類捕獲調査について評価し、「(JARPA)調査のデーターセットは、海洋生態系における鯨類の役割の幾つかの側面を解明することを可能にし、その関連で科学委員会の作業や南極の海洋生物資源の保存に関する条約(CCAMLR)など、その他の関連する機関の作業に重要な貢献をなす可能性を有する」と結論づけている。
加えて、「JARPAの成果が南半球におけるミンククジラの管理を改善させる可能性がある」とも結論づけている。
こうした調査の成果や科学的評価については、当研究所のホームページで参照できる。
調査母船日新丸が入港する「大井水産埠頭」は、国際条約(SOLAS条約)に基づく「国際航海船舶及び国際港湾施設の保安の確保等に関する法律」により、国際埠頭施設の制限区域に指定されているため、関係者以外の立ち入りが禁止されている。また、マスコミによる随時の取材は認められない。
(参考2)国際捕鯨取締条約第8条(抜粋)
1.この条約の規定にかかわらず、締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究のために鯨を捕獲し、殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる
2.前記の特別許可書に基づいて捕獲した鯨は、実行可能な限り加工し、また、取得金は、許可を与えた政府の発給した指令書に従って処分しなければならない。
左:調査母船日新丸(2010年撮影)、中:目視採集船勇新丸(2009年撮影)、右:衛星発信機を装着したミナミセミクジラ
左:氷山帯を進む目視採集船勇新丸、右:捕獲されたナガスクジラを計測する調査員