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2007年度第二期北西太平洋鯨類捕獲調査(JARPNII)
−日新丸調査船団による沖合域調査航海を終えて−

平成19年8月17日
財団法人 日本鯨類研究所

1.経緯


北西太平洋とオホーツク海を回遊するミンククジラ(オホーツク海・西太平洋系群)の資源量は、国際捕鯨委員会(IWC)によって、少なく見積もっても、25,000頭と推定されています。捕獲枠を算出するための改訂管理方式(RMP)をこの資源に適用する際に必要となる系群情報の収集を主目的として、1994年から1999年まで北西太平洋鯨類捕獲調査(JARPN)が実施されました。この調査から日本列島を挟んだ太平洋側と日本海側のミンククジラが各々独立した繁殖活動を行っている集団(系群)であることが明らかになりました。また、太平洋側では同一系群であっても、未成熟個体は沿岸に、成熟雄は沖合に、また成熟雌は北方のオホーツク海などに棲み別けしている実態が明らかになりました。さらに、この調査から、ミンククジラが日本漁業の主要漁獲対象種であるサンマやカタクチイワシ、スケトウダラ、スルメイカ等を大量に捕食していることが明らかになり、また、鯨類の分布と漁場との重なりから、鯨類が漁業活動と競合関係にあることが強く示唆されました。
この様なことから、水産資源の包括的管理のためには、鯨類及びその餌生物を含めた総合的な調査が必要であると認識されるようになり、JARPNを発展させた第二期調査(JARPNII:通称 ジャルパン・ツー)が計画され、2000年から実施されています。
このJARPNIIでの最優先課題は、鯨類が消費する餌生物の種類や量、鯨類の餌生物に対する嗜好性などを調べて鯨類の摂餌生態を解明するとともに、それらの相互関係を基にした生態系モデルの構築を進めて、鯨類を含む日本周辺の水産資源の包括的管理に貢献することにあります。
そのため、捕獲調査対象鯨種を、従来のミンククジラ(体長8m、資源量25,000頭)に加えて、ミンククジラより大型で総生物量も大きく、その捕食量が生態系に与える影響が大きいと推定されるニタリクジラ(体長13m、資源量25,000頭)やマッコウクジラ(体長雄15m・雌11m、資源量102,000頭)、さらにミンククジラの資源量を遥かに凌ぐほどに資源が増大してきていることが第一期調査等の結果により明らかになったイワシクジラ(体長14m、資源量69,000頭)も調査対象に加えました。また、JARPNIIでは、鯨類が利用している餌生物の分布や存在量を推定するため、計量魚探や表中層トロールを装備した調査船を用いて、鯨の捕獲調査と併行して餌環境調査も行っています。
JARPNIIでは、こうした鯨類の摂餌生態調査の他に、鯨類や海洋生態系への化学汚染物資の影響の把握や、各鯨種の資源構造の解明にも引き続き取り組んでいます。
今回入港する日新丸船団は、JARPNIIの沖合域調査を担当しています。この他、JARPNII計画の下で沿岸域での捕獲調査(春季に三陸沖、秋季に釧路沖)が実施されており、主に小型捕鯨船が担当しています。
これらの科学目的のための捕獲調査は、国際捕鯨取締条約(ICRW)の第8条によって締約国の権利として認められているものであり、また、漁業資源の適切な管理の実現に向けた鯨類調査の実施の必要性は、国際連合食糧農業機関(FAO)の水産委員会等でも強く支持されています。


2.調査計画概要


第二期北西太平洋鯨類捕獲調査(JARPNII)は、国際捕鯨取締条約第8条(別記参照)に基づいて当研究所が政府の許可を受けて実施しており、2000年より2年間の予備調査を経て、2002年より本格調査を実施しています。調査の概要は以下のとおりです。


(1)調査目的:

(1) 鯨類の摂餌生態、生態系における役割の解明

(2) 鯨類及び海洋生態系における海洋汚染の影響の把握

(3) 鯨類の系群構造の解明


(2)調査海域:

北緯35度以北、日本沿岸から東経170度にかけた北西太平洋(IWC管理海区7、8、及び9海区)の一部海域。

調査海域図

図1.JARPNIIの調査海域。

(3)標本採集頭数:

本年度の調査における予定標本数は昨年と同様で、次の通りです。

ミンククジラ 100頭
イワシクジラ 100頭
ニタリクジラ  50頭
マッコウクジラ 10頭

この他、同計画のもとで、ミンククジラを対象とした沿岸域調査が、春に三陸沖で、また秋に釧路沖で実施されています(予定標本数は各60頭の計120頭)。


(4)調査結果:

本年度の沖合域調査は、台風の接近や長期間の霧に悩まされながらも、ミンククジラやイワシクジラをはじめとして、シロナガスクジラやナガスクジラなどを含む多種にわたる鯨類を数多く発見して、調査を順調に進めることができ、ほぼ計画通りの標本数を得て終了しました。

今年の調査では、7、8海区及び9海区のほぼ全海域において調査を実施しました。その結果、以下のような興味深い鯨類の摂餌生態に関する情報を得ることが出来ました。


(1) これまでの調査では、ミンククジラは日本沿岸から沖合にかけて広く分布し、海域や時期によって餌生物種を変え、沖合域では初夏(5〜6月)にカタクチイワシを、盛夏(7〜9月)にサンマを捕食し、沿岸ではオキアミやイカナゴ、カタクチイワシ、サンマ、スケトウダラと幅広い餌生物種を利用していることが明らかになりました。
今年度の調査では、これまでの知見と異なり、沖合域の初夏であっても、ミンククジラの胃からはカタクチイワシは認められず、むしろマサバやサンマなどが認められており、一昨年度と同様の傾向を示しました。一方、初夏の三陸沖から道東沖では、これまでの調査結果と同様に、主にカタクチイワシを主要餌生物として利用しており、利用している餌生物種が沿岸域と沖合域とで異なることが明らかになりました。また、盛夏にミンククジラの主要餌生物となるサンマが、今年度調査からはほとんど認められていませんが、これはミンククジラを採集した時期が従来よりも早かったことに起因すると思われます。

(2) イワシクジラは、三陸沖から東経170度までの調査海域に広く分布して、カイアシ類やオキアミ類などの動物プランクトンから、サンマやカタクチイワシなどの魚類まで、広範な餌生物種を利用していることを明らかにしてきました。
今次調査では、イワシクジラは、沖合域では、初夏(5〜6月)に調査海域の南側に分布して、主にマサバを捕食しており、一方、盛夏(8月)には北緯45度付近にまで北上してカイアシ類及びカタクチイワシを主要な餌生物として利用していることが明らかになりました。このことは、イワシクジラがミンククジラと同様に北上とともに時空間的に異なる餌生物を利用している可能性を示唆しています。

(3) ニタリクジラは、夏季に北緯40度以南に広く分布して、主にオキアミ、カタクチイワシ及びヤベウキエソを捕食し、分布にも年変動のあることをこれまで明らかにしてきました。
今次調査では、盛夏(7〜8月)の沖合域(8、9海区)において、ニタリクジラが主要な餌生物としてカタクチイワシを利用している実態が明らかになりました。また、今次調査では、5月から6月にかけて沖合域の南側を調査しましたが、ニタリクジラは殆ど発見されず、盛夏(7〜8月)になって調査海域の南側に回遊してきたことが明らかとなり、ニタリクジラの索餌域での滞在時間を知るのに有用な情報が得られました。

(4) マッコウクジラは、これまでの調査で情報の少なかった沖合域(8、9海区)での標本の採集に努め、3個体を調査しました。その結果、これらの個体は、ヒロビレイカやクラゲイカなどの中深層性イカ類を主に捕食しており、マッコウクジラの食性に関する最新の情報が蓄積されました。

(5) JARPNII調査は、鯨類の捕獲調査に加えて、鯨類の餌環境調査も併せて実施しています。今年度は、計量魚探を装備した第二共新丸に加えて、海幸丸を新たに餌環境調査船として導入し、計量魚探とトロールによる餌環境調査を約2ヶ月にわたって実施しました。これらの調査結果も合わせてクジラと餌生物を総合的に解析することによって、クジラの摂餌生態と生態系での役割がさらに明らかになるものと期待しています。

(6) 本調査では、鯨体の捕獲調査のみならず、衛星標識やデータロガーの装着などの技術を用いた鯨類の生態に関する情報の収集も同様に行っています。今次調査中に、イワシクジラ2頭に対して衛星標識の装着を試み、その内1個体について同標識の装着に成功しました。その後の発信状況を確認中です。

(7) シロナガスクジラやナガスクジラなどの大型のヒゲクジラ類の自然標識撮影やバイオプシー採集を実施して、画像や組織標本の収集を行いました。


なお、今次調査では、資材の整理作業中に貨物用昇降機による人身事故が発生しました。亡くなられた赤城政典様のご冥福を心からお祈りするとともに、調査実施体制の見直しを図り、今後とも、安全性の向上に努めることと致します。



(参考)
国際捕鯨取締条約第8条抜粋
1.この条約の規定にかかわらず、締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究のために鯨を捕獲し、殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる。
2.前記の特別許可書に基づいて捕獲した鯨は、実行可能な限り加工し、また、取得金は、許可を与えた政府の発給した指令書に従って処分しなければならない。



2007年JARPNII沖合域鯨類捕獲調査の結果概要


1.期間

航海期間:  平成19年5月11日(出港)〜平成19年8月18日(入港) 100日間
調査期間:  平成19年5月18日(開始)〜平成19年8月14日(終了) 89日間

2.船団構成

1)調査員・監督官

調査団長   松岡 耕二 (財団法人日本鯨類研究所 調査部観測調査室長)
調査員    松岡 耕二調査団長 以下15名 (外国人客員研究員1名を含む)
水産庁監督官 末次昂之 (水産庁遠洋課)

2)調査船と乗組員数(含む調査員)

調査母船 日 新 丸 ( 8,030トン  小川 知之 船長以下126名)
目視採集船 第二勇新丸 (  747トン  廣瀬 喜代治 船長以下 22名)
目視採集船 勇 新 丸 (  720トン  竹下 湖二 船長以下 22名)
目視採集船 第一京丸 (  812.08トン  佐々木 安昭 船長以下 23名)
目視専門船 海幸丸     (  860.25トン 新屋敷 芳徳 船長以下 26名)
計219名

この他、第二共新丸(372トン 小宮 博幸 船長以下23名)が同海域において鯨類を対象とした目視調査を実施しました。

3.総探索距離

11,416.2浬 (目視採集船3隻の合計、8月14日までの仮集計)

4.主たる鯨類の発見数(目視採集船3隻及び調査母船の合計、仮集計)

ミンククジラ 一次発見 63群64頭、二次発見 79群80頭
イワシクジラ 一次発見 206群400頭、二次発見 88群142頭
ニタリクジラ 一次発見 215群314頭、二次発見 45群62頭
マッコウクジラ     一次発見 173群457頭、二次発見 59群164頭
シロナガスクジラ 一次発見 13群16頭、二次発見1群1頭
ナガスクジラ 一次発見 30群35頭、二次発見3群3頭
ザトウクジラ 一次発見 39群75頭、二次発見7群10頭
セミクジラ 一次発見  1群1頭、 二次発見0群0頭

5.標本採集頭数

ミンククジラ 100頭 (目標標本数 100頭)
イワシクジラ 100頭 (目標標本数 100頭)
ニタリクジラ  50頭 (目標標本数  50頭)
マッコウクジラ   3頭 (目標標本数  10頭)

この他、ミンククジラを対象とした沿岸域調査を春に三陸沖、秋に釧路沖で実施しており(予定標本数は各60頭の計120頭)、本年の三陸沖調査については5月31日に終了し、ミンククジラ57頭を採集しています。

6.実施機関

財団法人 日本鯨類研究所

発見位置
図2.2007JARPNIIの調査コース(実線)と採集したミンククジラ、イワシクジラ、ニタリクジラ、マッコウクジラの発見時の位置
:ミンククジラ、:イワシクジラ、:ニタリクジラ、:マッコウクジラ)。
青枠は餌環境調査実施海域。

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図3.今次調査において衛星標識の装着に成功したイワシクジラの背面写真
(左背中に標識が確認できる)。
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図4.今次調査において観察されたニタリクジラの摂餌行動(撮影:津田憲二)。

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