南極海は鯨類を中心にした生物資源の宝庫である。 しかし20世紀初頭から繰り広げられた過度な商業捕鯨の結果、いくつかの主要な鯨種が乱獲された。 これを受けて1980年代には国際捕鯨委員会(IWC)により商業捕鯨モラトリアムが導入され、現在多くの鯨類資源が回復の傾向を示している。 この鯨資源のその後の変化について正確な情報を得ることは、資源の持続的利用を推進する上で極めて重要である。 さらに、商業捕鯨モラトリアム導入の理由が科学的知見の不足であったことから、(財)日本鯨類研究所は日本政府の委託と補助を受けて、南極海の鯨類資源に関する科学的情報を得ることを目的とした捕獲調査活動を、1987年から継続して行っている。
鯨類資源の利用と管理を適正に行うには、資源管理の単位となる系統群の判別とその分布状況を解明し、各々の系統群の自然死亡率や加入率を推定して資源の動向を把握したり、鯨種間の関係を含む、南極海全体の生態系の構造を解明していかなければならない。 そのためには、年齢や成熟状況、妊娠率、そして食性等の鯨を捕獲して得られる生物学的情報に依存せざるを得ない。 日本は商業捕鯨時代から、鯨類資源に関する科学的データの収集に努力してきたが、商業捕鯨によって得られるデータには偏りがあり、そのことが科学的データの不確実性を生むと反捕鯨勢力から攻撃され、商業捕鯨モラトリアムの根拠にされた。
また、ミンククジラの資源量に関しては、JARPAとは別途に1978年以来毎年国際捕鯨委員会(IWC)科学小委員会により作成された調査計画に従って、南緯60度以南の南極海海域で国際共同目視調査(IDCR並びにSOWER)が実施されており、日本政府はこの調査に調査船、乗組員及び運行費用のほとんどを提供してきている。 その成果として、南緯60度以南の南極海に生息するミンククジラは76万頭と推定され、その数値は1990年にIWCで合意されている。 またこの調査を通じて、1964年に禁漁となった同海域のシロナガスクジラ資源が、予想外に回復していないことも明らかになった。 科学者の多くは、当時捕鯨の対象となっていなかったミンククジラが、減少したシロナガスクジラの生態的地位を奪って増加したため、シロナガスクジラ資源の回復を妨げていると考えている。
日本は南極海産ミンククジラの資源状態が良好であることから、この資源の利用の再開を目指し、綿密な調査設計の下で無作為抽出法により鯨体標本を採集することで、(1) 南極海産ミンククジラの資源を管理する上で有用な生物学的特性値に関する情報の収集、及び(2) 南極海生態系における鯨類の役割の解明、を目的にして1987年に調査を開始した。 そして、1995年に(3) 生息環境の変化が鯨類に及ぼす影響の解明、1996年には更に(4) 南極海産ミンククジラの資源管理を発展させるための系群構造の解明、を調査の目的に加えている。
この科学目的のための捕獲調査は、国際捕鯨取締条約第8条によって締約国の権利として認められているものである。 その調査計画と調査結果は、毎年IWC科学小委員会に提出して検討がなされており、高い評価を科学小委員会から受けている。
これまでの調査結果から、成熟した雄が氷縁から沖合にかけて広範囲に万遍なく分布するのに比べて、成熟した雌は氷縁付近に集中していること、また未成熟個体では雄雌ともに沖合で主に単独で分布する傾向がみられること、などが判ってきた。 商業捕鯨時代では分布密度の濃い氷縁近くで大型個体を選択して操業を行っていたため、南極海には成熟した雌が卓越して来遊し、若い個体は冷たい南極海にまで来ないと考えられていたが、捕獲調査はランダムサンプリングによりミンククジラの索餌海域における性と成熟状態による棲み分けを明らかにしたのである。
ミンククジラの胃内容物の分析や体重測定から、南極海における生物のエネルギー収支の流れを解明する手掛りも多く得ている。 また、オーストラリアや南アフリカなど中緯度域でのみ知られていたドワーフ(矮小型)ミンククジラが、南極海にまで来遊していることも本捕獲調査によって明らかになった。 更にDNA解析の結果などから、この型のミンククジラが南極海に来遊する普通型とは独立した種(亜種)であることも明らかとなった。 このため普通型をクロミンククジラと呼称することにし、ドワーフミンククジラは資源状態が明らかになるまで捕獲を中止することにした。
南極海ミンククジラ(クロミンク) | ドワーフミンククジラ |
毎年交互に調査を行っている第IV区(東経70〜130度)と第V区(東経130度〜西経170度)の海域には、各々独立したミンククジラの繁殖集団(系統群)が存在していると当初は予測されていたが、DNAを用いた遺伝学的解析や形態学的解析結果から、この2つの海域にまたがった大きな中心的繁殖集団(コアストック)が存在すること、第IV区の西海域には年によって、あるいは季節によってこれとは異なる系統群が来遊することがあること、また、コアストックが隣接する第III区や第VI区にまで広範に分布している可能性のあることが知られるようになり、南極海におけるミンククジラの系統群の分布と季節移動が当初の予想より広範で複雑であることが判ってきた。
調査目的のひとつである、自然死亡率や加入率等の生物学的特性値は、系統群毎に異なる可能性があるため、これらの特性値は系統群毎に把握する必要があり、また管理方式を安全・確実に実行する上にも、系統群の解明が必要である。 そこで1995/96年から調査域を拡大し、従来の調査を継続する一方で第IV・V区に存在するコアストックの東西の分布限界を調査していくこととした。 今回の調査では、第V区で300頭±10%のミンククジラ標本採集を従来通り行うほか、コアストックの東の分布限界を調べることを目的に、一昨年と同様に第VI区西海域(西経145〜170度)で100頭±10%の標本採集を行うことにしている。
漁業は再生産が可能な海洋生物資源を利用するので、適正な資源管理の下で利用を行えば、自然の破壊を伴うことなく、生産を継続することが可能である。 科学的根拠に基づき生態系のバランスを図りながら再生産可能な範囲内で海洋生物資源を利用することと、そのための保護管理は、急激な人口増加の中での生存を確保するために人類が最優先で取り組まなければならない課題であるが、本調査はこうした問題の解決に十分貢献すると確信している。
ペンギン
2002年11月8日〜2003年4月10日(予定)
2. 調査海域主として南緯60度以南の、南極海第V区全域と第VI区西海域(東経130度〜西経145度)
3. 調査員調査団長 西脇茂利((財)日本鯨類研究所 調査部部長)
(財)日本鯨類研究所より西脇茂利 以下12名
調査母船 日新丸(7,575トン) 遠山 大介 船長 122名
目視採集船 第2勇新丸( 747トン) 松坂 潔 船長 以下18名
目視採集船 勇 新 丸( 720トン) 小宮博幸 船長 以下17名
目視採集船 第1京丸(812トン) 亀井秀春 船長 以下20名
目視専門船 第2共新丸(372トン) 三浦敏行 船長 以下21名
合計 198名
調査母船 日新丸 | 目視採集船 第2勇新丸 | 目視専門船 第2共新丸 |
第V区 ミンククジラ 300頭±10%
第VI区西側 同 100頭±10%
なお、調査母船・日新丸の帰港先としては高知港が予定されており、4月後半には目視採集船の第2勇新丸と共に当地で一般公開を実施することになっている。
この調査で収集する資・試料の種類は極めて多岐にわたる。 大別すれば以下の5項目になる。
1. 目視調査データ(このデータは、ミンククジラ以外の鯨種にも及ぶ)
発見位置、発見群頭数、目視努力量、分布、群れ組成などの記録
2. 生物調査データ及び標本の採取(ミンククジラのみ)
系統群、年齢、成熟、繁殖、栄養、汚染物質、性ホルモン、寄生虫などの各分野にわたる資・試料の収集
3. 気象、海洋及び環境調査データ
天候、海氷、水温(XCTD及びCTDによる水温、塩分の鉛直分布、EPCSによる表層生物環境モニタリングを含む)、海上漂流物の観測、及び計量魚探による餌生物の分布と密度の測定
CTDによる観測
4. バイオプシー標本採集と自然標識記録
主としてシロナガスクジラ、セミクジラ、ザトウクジラで実施
ザトウクジラの噴気
5. シロナガスクジラなど大型鯨類のソノブイによる鳴音記録
2002/2003 JARPAにおける調査海域図
IWC/SOWER調査(Southern Ocean Whale and Ecosystem Research:南太洋の鯨類と生態系調査)における南氷洋ミンククジラ国際共同目視調査の調査船として、昭南丸(712トン)と第2昭南丸(712トン)が、11月25日広島県瀬戸田港から出港する予定である。
本年度の調査海域としてロス海とその周辺海域となる南極海第V区東側海域が予定されており、両船には、日本を含めて、4ヶ国8名の国際調査員が乗船する予定である。