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2004/2005年南極海ミンククジラ捕獲調査(JARPA)について

平成16年11月12日
財団法人 日本鯨類研究所


1.JARPAの概要

(1)経緯

南極海は鯨類を中心にした生物資源の宝庫である。 しかし20世紀初頭から繰り広げられた過度な商業捕鯨の結果、いくつかの主要な鯨種が乱獲され、捕獲が禁止された。 その後、ミンククジラ等の一部の鯨種については資源状態に問題がないことがほぼ明らかであったものの、これらに関する科学的不確実性を払拭するまで捕獲を一時停止すべきとの趣旨で1980年代に国際捕鯨委員会(IWC)により商業捕鯨モラトリアムが導入された。 現在も依然として商業捕鯨モラトリアムは継続しているが、多くの鯨類資源が回復の傾向を示している。

鯨類資源の正確な情報を得ることは、資源の持続的利用を推進する上で極めて重要であり、さらに、商業捕鯨モラトリアム導入の理由が科学的知見の不足であったことから、1987年に(財)日本鯨類研究所は日本政府の委託と補助を受けて、南極海の鯨類資源に関する科学的情報を得ることを目的とした捕獲調査活動を開始し、今日まで継続して実施してきた。

鯨類資源の利用と管理を適正に行うには、資源管理の単位となる系統群の判別とその分布状況を解明し、各々の系統群の自然死亡率や加入率を推定して資源の動向を把握し、また鯨種間の関係を含む、南極海全体の生態系の構造を解明する必要があるが、かかる分析には、年齢や成熟状況、妊娠率、そして食性等の鯨を捕獲して得られる生物学的情報が必要不可欠となっている。 日本は商業捕鯨時代から、鯨類資源に関する科学的データの収集に努力してきたが、商業捕鯨によって得られるデータには偏りがあり、そのことが科学的データの不確実性を生むと反捕鯨勢力から攻撃され、商業捕鯨モラトリアム導入の根拠にされた。

なお、ミンククジラの資源量に関しては、JARPAとは別途に1978年以来毎年国際捕鯨委員会(IWC)科学小委員会により作成された調査計画に従って、南緯60度以南の南極海海域で国際共同目視調査(IDCR並びにSOWER)が実施されており、日本政府はこの調査に調査船、乗組員及び運行費用のほとんどを提供してきている。 この調査の結果、1990年には南緯60度以南の南極海に生息するミンククジラの資源量は76万頭と推定され、その数値はIWCで合意された。 また、この調査を通じて、1964年に禁漁となった同海域のシロナガスクジラ資源が、予想外に回復していないことも明らかになった。科学者の多くは、当時捕鯨の対象となっていなかったミンククジラが、減少したシロナガスクジラの生態的地位を奪って増加したため、シロナガスクジラ資源の回復を妨げていると考えている。 他方、近年のJARPAにおける目視調査ではザトウクジラやナガスクジラの発見が顕著に増加傾向を示しており、これらの資源が順調に回復していることが示唆されている。 特に、ザトウクジラは、調査海域で広く発見されるようになり、バイオマスではミンククジラをしのいでいる可能性があること、また、一部の海域でミンククジラが氷縁付近に押しやられていることが確認されている。

(2)目的

JARPAの目的は、(1) 資源管理に有用な生物学的特性値の推定、(2) 南極海生態系における鯨類の役割の解明、(3) 環境変動が鯨類に与える影響の解明及び(4) 南極海ミンククジラの系群構造の解明であり、1987/88年から2年間の予備調査を経て、1989/90年より16年間の本格調査として実施されており、今次調査が最終年の調査となっている。

(3)成果と課題

これまでの調査結果から、成熟した雄が氷縁から沖合にかけて広範囲に分布するのに比べて、成熟した雌は氷縁付近に集中していること、また未成熟個体では雄雌ともに沖合で主に単独で分布する傾向がみられること、などが判明した。商業捕鯨時代では分布密度の濃い氷縁近くで大型個体を選択して操業を行っていたため、南極海には成熟した雌が卓越して来遊し、若い個体は冷たい南極海にまで来ないと考えられていたが、捕獲調査はランダムサンプリングによりミンククジラの索餌海域における性と成熟状態による棲み分けが明らかになった。

ミンククジラの胃内容物の分析や体重測定から、南極海における生物のエネルギー収支の流れを解明する手掛りも多く得られた。 また、オーストラリアや南アフリカなど南半球の中緯度域でのみ知られていたドワーフ(矮小型)ミンククジラが、南極海にまで来遊していることも本捕獲調査によって明らかになった。 更にDNA解析の結果などから、この型のミンククジラが南極海に来遊する普通型とは独立した種であることも明らかとなった。 このためドワーフミンククジラについては資源状態が明らかになるまで捕獲を中止することにした。

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(左:南極海ミンククジラ(クロミンククジラ)、右:ドワーフ(矮小型)ミンククジラ)

さらに、全世界のミンククジラの分類に貢献する情報も得られている。 これまでミンククジラ(Balaenoptera acutorostrata)1種とされていたが、JARPAにより得られた情報を基にした遺伝学的研究の結果、北半球と南極海で別種であることが確認された。 これを受けて、現在では北半球のミンククジラ(B. acutorostrata、英名:common minke whale、和名:ミンククジラ)と南極海のミンククジラ(B. bonaerensis、英名:Antarctic minke whale、和名:クロミンククジラ)と区別されている。 また、ドワーフミンククジラは、南半球に生息するにもかかわらず、遺伝的には北半球産に近いことが明らかになっており、分類学的な位置については現在検討作業中である。

毎年交互に調査を行っている第IV区(東経70〜130度)と第V区(東経130度〜西経170度)の海域には、各々独立したミンククジラの繁殖集団(系群)が存在していると予測されていたが、本調査から得られた試料を用いたDNAによる遺伝学的解析や形態学、資源生物学、寄生虫学などの総合的な解析の結果から、従来の資源区分とは異なる境界線で分かれ、南極海におけるミンククジラの系群の分布が当初の予想より複雑であることが判明した。

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調査目的のひとつである、自然死亡率や加入率等の生物学的特性値は、系群毎に異なる可能性があるため、これらの特性値は系群毎に把握する必要があり、また管理方式を安全・確実に実行する上にも、系群の解明が必要とされた。 そこで1995/96年から調査域を拡大し、従来の調査を継続する一方で第IV・V区に存在する系群の東西の分布限界を調査していくこととした。 今回の調査では、第V区で300頭±10%のミンククジラ標本採集を従来通り行うほか、東の分布限界を調べることを目的に、一昨年と同様に第VI区西海域(西経170〜145度)で100頭±10%の標本採集を行う予定である。

漁業は再生産が可能な海洋生物資源を利用するので、適正な資源管理の下で利用を行えば、資源の破壊を招くことなく、持続的に利用することが可能である。 したがって、最良の科学的根拠に基づき生態系のバランスを保ちつつ再生産可能な範囲で鯨類資源を利用すること、また、そのための適切な資源管理措置を講ずることが、急激に世界の人口が増加し、世界的な食料不足が予見される中で人類が最優先で取り組まなければならない課題であるが、本調査はこうした問題の解決に十分貢献すると確信している。

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(左:アデリーペンギン、右:カニクイアザラシ)


2.今次調査の概要

(1)調査期間

2004年11月12日〜2005年4月上旬(予定)

(2)調査海域

主として南緯60度以南の、南極海第V区全域と第VI区西海域 (東経130度〜西経145度)

(3)調査員

調査団長 西脇 茂利 ((財)日本鯨類研究所 調査部長)
(財)日本鯨類研究所より西脇 茂利他11名

(4)調査船と乗組員数(含む監督官、調査員)

調査母船   日 新 丸 (7,659トン   遠山大介  船長 以下 122名)
目視採集船 第二勇新丸 ( 747トン   松坂 潔 船長 以下 18名)
〃    勇 新 丸 ( 720トン   三浦敏行 船長 以下 19名)
〃    第一京 丸 ( 812.08トン 亀井秀春 船長 以下  22名)
目視専門船  第二共新丸 (  372トン   南 淨邦  船長 以下 21名)    合計 202名 

この他、水産庁開洋丸(2,630トン)が、本調査船団と連携して、同海域でのオキアミなど餌生物の海洋環境を含む生態系調査を実施することになっている。

(5)標本採集計画数

第V区 ミンククジラ 300頭±10%
第VI区西側 同 100頭±10% 

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(左:調査母船 日新丸、右:目視採集船 第2勇新丸)

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(左:目視採集船 勇新丸、右:目視採集船 第1京丸)

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(目視専門船 第2共新丸)


3.調査項目

この調査で収集する資・試料の種類は極めて多岐にわたる。

大別すれば以下の4項目になる。


(1) 目視調査データ

(このデータはミンククジラ以外の鯨種にも及ぶ)
発見位置、鯨種、発見群頭数、分布、群れ組成、目視努力量などの記録
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(2) 生物調査データ及び標本の採取(ミンククジラのみ)

系群、年齢、成熟、繁殖、栄養、汚染物質、性ホルモン、寄生虫などの各分野にわたる生物学的資・試料の収集
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(3) 気象、海洋及び環境調査データ

天候、海氷、水温(XCTD及びCTDによる水温、塩分の鉛直分布、EPCSによる表層生物環境モニタリングを含む)、海上漂流物の観測、及び計量魚探による餌生物の分布と密度の測定

(4) バイオプシー標本採集と写真撮影による自然標識記録並びにソノブイによる鳴音記録

主としてシロナガスクジラ、セミクジラ、ザトウクジラで実施

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ザトウクジラの噴気

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2004/2005JARPAにおける調査海域図

4.その他

IWCが主催するSOWER調査(Southern Ocean Whale and Ecosystem Research:南大洋の鯨類と生態系調査)の目視調査船として、昭南丸(712トン)と第2昭南丸(712トン)が、11月30日広島県瀬戸田港から出港する予定である。

本年度の調査海域として南極海第III区が予定されており、両船には、日本を含めて、4ヶ国8名の国際調査員が乗船する予定である。 また、今年の調査では、南極観測船「しらせ」がSOWER調査に連携して、パックアイス内外のミンククジラの分布を調べる目視調査が計画されている(3月20日帰港予定)。


(参考)国際捕鯨取締条約第8条抜粋

1.この条約の規定にかかわらず、締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究のために鯨を捕獲し、殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる。

2.前記の特別許可書に基づいて捕獲した鯨は、実行可能な限り加工し、また、取得金は、許可を与えた政府の発給した指令書に従って処分しなければならない。


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